あのテーブル席は、最初からおかしかった。
念願のカフェをオープンしてから、客足は上々だった。
だが、あの隅のテーブル席だけはなぜか異様に長居をされてしまい、回転数が悪かった。
どうやら、あの席に座ると時間の経過を忘れるらしい。
まいったなぁ、なんて思っている時に、一人の女性客がやってきた。
一目惚れに近かった。
私は彼女を慌ててテーブル席に案内した。
彼女はあの席で文庫本を広げて読み始めた。
数時間経った頃、彼女は、あ、というような顔をして席を立った。
「すっかり長居してしまって」
会計の時にそう謝る彼女に私は「いえいえ。気になさらないでください」と言った。
それから、彼女が来る度に私は彼女をあのテーブル席に案内した。
彼女はいつも「長居してごめんなさい」と笑いながら帰っていった。
それが彼女との出会いだったのだ。
はっとする。
いつのまにか、当たりが暗い。
そうだ。
彼女を送り出して帰って来て、この席に座ったのだった。
このカフェを何十年も夫婦で切り盛りしてきた。
建物は色褪せたが、二人にとって思い出の場所だ。
次の日の朝から、営業を再開した。
私は少し迷ってから、あの隅のテーブル席にプレートを置いた。
プレートにはこう書かれている。
“予約席”
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