餅つきナンパ法の顛末

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 僕の生まれ育った村の名産は「餅」である。

 もち米の生産が盛んで、様々に加工をした餅を村の名産品として出荷している。

 村で行われる各種お祭りではもちろん餅つきが行われる。

 何かにつけ餅つきをするのが僕の村の風習であった。

 子供が杵(きね)を持てる年齢になると、家族全員で餅をついて、つきたての餅を近所に配る「親子餅」なんて風習もあるのだ。

 そんな村で生まれ育ち、中学生になった僕とカッちゃんは、そんな村の特徴である餅つきを利用したナンパ法を思いついた。

 村の中にも同年代の女子はいるにはいるのだが、彼女たちは僕とカッちゃんよりも先に町へ遊びに行くようになり、それから大人びた雰囲気をまとうようになったので話しかけづらくなった。

 だから僕もカッちゃんも「恋人を作るなら、町で」と考えていたのである。

 そんな僕とカッちゃんが考案したのはその名もずばり「餅つきナンパ法」というものである。

「餅つきナンパ法」の概要はこうだ。

 まずカッちゃんと二人で小型の杵と臼(うす)を持って町に繰り出す。

 そして幼い頃から仕込まれた要領で餅をつく。

 町中で突然餅つきを始めた僕たちの周りに人だかりができる。

 その中から女の子を見つけて「一緒に餅をつかないか」と誘うのだ。

 そしてつき上がった餅を一緒に食べれば自然と女の子と仲良くなれる……という寸法である。
 

 週末、僕とカッちゃんはさっそく餅つきナンパ法を実行に移した。

 杵と臼を交代で持ち、町へ向かう電車に乗るために駅に向かう。

「なぁ」

 臼を持ったカッちゃんが言った。

「ん?」

「これ持って電車乗るのって……ちょっと恥ずかしいよな」

 それは僕もさっきから考えていたことだった。

「うん……まぁね」

「そうだよな」

 そんな言葉を交わしながら僕とカッちゃんは田舎道を駅に向かった。

 そして駅についた時、今度は杵を持っていたカッちゃんが言った。

「あのさ……」

「うん」

「……やめようか」

「……うん」

 僕たちは無言で踵を返した。

 実は僕もさっきから、町で杵と臼で餅をつく自分たちの姿を想像して及び腰になっていたのである。

 第一、恥ずかしい。

 それに計画した時点では「人が集まってきて」なんて想像をしていたけれど、誰も見に来なかったらどうしよう。

 町でただ餅をつき続ける二人。警察に職務質問なんかされたら目も当てられない。

 僕たちは杵と臼を持ちながらとぼとぼと元来た道を帰り始めた。

 不思議なもので、帰りの方が臼が重い。

「あー、ダメだ。一回休も」

 どちらからともなく言い出し、僕たちはあぜ道で休んだ。

「なんでこんなこと考えたんだろうな、俺たち」

「さぁね」

 道の脇でそんなことを言い合いながら休んでいると、駅の方から誰かが歩いてきた。

 カッちゃんがその人影を見て「ゲッ」とうめき声を漏らす。

「あっ」

 僕も思わず言ってから「行こうか」とカッちゃんに声をかけ、腰を上げた。

 しかし杵と臼があるせいで歩き去るには動きが遅れてしまう。

 モタモタしている僕たちのところに近づいてくる人影。

 僕とカッちゃんがその人影に目を合わせないようにしていると、向こうから話しかけてきた。

「あれ、あんた達そんなの持ってどうしたの」

 僕たちに話しかけてきたのは僕やカッちゃんと同年代の女子二人だった。

 町に行くようになってからなんだか服装も派手になり、とりわけ声をかけづらくなった二人である。

「いや、別に」

 カッちゃんがバツの悪そうな声を出す。

「ここで餅つくの?」

 女子の一人に聞かれた僕は「そうじゃないけど……」と歯切れの悪い答えを返した。

「じゃあなんでこんなの持ってるのよー」

 そう言って笑った女子が、なんだか今まで感じていたより気安い雰囲気だったので、僕とカッちゃんは女子二人に「餅つきナンパ法」について話した。

「何それーー!」

 女子たちは僕とカッちゃんの話を聞くと腹を抱えて笑った。

「笑うなよ」

「笑うよ! 町中で餅つきなんかしてたら完全不審者じゃん」

「うっせ」

 言いながらカッちゃんは僕の方を見て、へらりと笑った。僕もしまりのない笑みを返す。

 と、女子の一人が「ね、餅つこうよ」と言って腕まくりをした。

 村の出身者は小さい頃から餅つきを仕込まれるので、女子でも朝飯前に餅をつける。

 町からの帰りだという女子二人は洒落た服を着ていたが、そんなこと気にしないように餅つきの用意を始めた。

 カッちゃんと二人で持ってきたガスコンロに蒸し器をセットする。

 四人で蒸し器を囲んでいると、耕運機に乗ったどこかのおっちゃんが「なぁにやってんだ?」と声をかけてきた。

「餅つき」と僕たちが返事をすると、おっちゃんは「おぉ、いいでねか」と耕運機から降りてきた。

「米が少なくねぇか?」

 おじさんが蒸し器を見て言う。

「運んでくるの大変だったんだもん」

「んだらオラの家からでっけぇの持ってきてやる」

 おっちゃんが耕運機に乗って近くの家に向かって、すぐに戻ってくる。

 その間にも何人か村の人たちが僕たちの側を通りかかってその足を止めた。

「お、餅やんのか?」

「あぁ、はい」

「いいね、いいね」

 そんな風に人が集まって、いつの間にかちょっとした餅つき大会のようになってしまった。

 おっちゃんがでっかい蒸し器とたくさんの餅米を持ってきて、自前のコンロで米を蒸し始める。

「なんだか妙なことになったなぁ」

 僕が言うとカッちゃんが「だな」と笑った。

 女子たち二人もキャッキャとはしゃいでいる。

 僕は、蒸し器や杵と臼を囲む村の人間たちを見て、本当にこの村は餅好きな村だなと思った。

 結局、我先にとみんな餅をつきたがって、僕とカッちゃん、そして言い出しっぺの女子二人はいの一番につきたての餅にありついた。

 四人並んで餅を食べながら、僕は会った時には考えられないくらい話しかけやすくなった女子に「町は楽しい?」と聞いた。

 すると女子二人は二人共ちょっと首をかしげ「楽しいけど……なんていうか、私たちはこの村の良さを知るために町に行っているような気がする」と妙に大人びたことを言った。

 ナンパをしに杵と臼を担いでいた僕やカッちゃんとは大違いである。

 結局、その日はみんなで臼を囲み、お腹一杯餅を食べて帰った。

 あれから、僕とカッチャンの間で「もう一回餅つきナンパ法を試してみよう」という話にはならなかった。

 ただ、あれから僕とカッちゃんはあの女子二人と仲良くなって、今度一緒に町に行ってみようかなんて話になっている。

 だから僕は、「餅つきナンパ法」の顛末を「絵に描いた餅」と結論づけるか「棚からぼたもち」とするか迷っていた。

 僕がそんなことをカッちゃんに言うと、カッチャンは「じゃあ”絵に描いた餅からぼた餅”でいいよ」と適当なことを言ってにへらと笑ったのだった。

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