うどん職人の技

ショートショート作品
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「ごめんくださーい」

 私はうどん屋さんの暖簾をくぐって店内に声をかけた。

 店はまだ営業時間ではなかったが、中からお店の大将が顔を出してくれる。

「やぁ、どうも」

「今日はよろしくお願いします」

 私はカメラマンや録音スタッフなどと一緒に大将に挨拶をした。

 今日は番組で使う映像素材の作成である。

 私はスタッフに指示をして、さっそく大将のうどん作りを見せてもらうことにした。

「うちはあんまり特別なことはしていないので、絵になるかどうか」

 大将はそんな風に謙遜しながら、小麦粉に塩水をかけ、うどん作りを始めた。「水回し」という工程らしい。

 カメラマンがその様子を撮影する。

 私はスタッフの邪魔にならない場所から大将に質問をした。

 うどん作りを始めたきっかけ、お店を出す際の苦労など。

 大将は私の質問に丁寧に答えてくれながらうどんをこねている。

 こね終わったうどんの生地をカメラマンの方に向けながら、大将は「今日の工程はこれで終わりなんです」と言った。

「そうなんですね」

「はい。あとは”寝かせ”という工程に入ります」

 大将はそう言って生地をビニール袋に入れた。

「”寝かせ”の工程も見せていただけませんか?」

「あ、じゃあ準備だけなら」

 大将はそう言って私たちを奥に案内した。

 そこは狭い寝室のような場所になっており、小さな布団が敷いてあった。

「ここにこうして……と」

 大将はいいながら、ビニール袋に入った生地を布団の上に置いた。

「それで、こうします」

 大将は言いながら布団に横になった。

「え、寝かすってまさか」

「はい。一緒に寝るんです。添い寝ですね。こうすることで生地が熟成されるんですよ」

 そう言って大将はいつもこうするのだと言いながらうどんの生地を抱え込むようにして目を閉じた。

「へぇ〜……!」

「一応、”寝かせ”が終わった生地があるので、続きはその生地を使ってお見せしますね」

 そう言って大将は私たちを元の厨房に案内した。

 その後、大将は生地を綿棒で伸ばし、麺の形に切りそろえた。

「後は、茹でるだけですね」

 大将はうどんを手早く茹でて、私たちに振る舞ってくれた。

「う、うまい!」

 カメラマンが思わずと言った調子でそんな声をあげる。

 私も「本当に、美味しいです!」と感嘆の声をあげた。

 大将のうどんは腰がものすごくしっかりしていて、絶品だった。

「こんなに美味しいおうどん、食べたことないです。やはりポイントはあの”寝かせ”ですか?」

「そうですね。あの工程は大事です。寝かせる時はお話を聞かせてあげるとよく寝ますよ」

「お話、ですか」

「はい。人間と同じですね」

 大将はそう言って笑った。

 映像資料を撮り終えた私とスタッフはうどん屋を後にした。

 編集チームに素材を手渡し、私はとりあえずその完成を待つことになった。

 その日は早めに上がることができた私は、家に帰る前にうどんを作るための材料を買って帰った。

 正直、大将の作るうどんは本当に特別なことをしていなかったので、私にもあの美味しいうどんを作れるんじゃないかと思ったのだ。

 私は家に戻って、昼間見た大将のうどん作りを思い出しながらうどんを作ってみた。

 生地をこねた後、大将がしていたのと同じようにビニールに生地を入れ、ベッドに置いた。

 大将に食べさせてもらったうどんの味を思い出して、私はよだれを垂らしながら眠りについた。

 翌朝、目を覚ました私はさっそくうどんを綿棒で伸ばし、切りそろえた。

「できた……!」

 出来たてのうどんは、美味しそうだった。

 沸騰させたお湯でじっくりと茹で、ザルに上げる。

 めんつゆと薬味を用意して、私は「いただきまーす!」と手を合わせて食べた。

 しかし……。

「あんまり美味しくないな……」

 昨日食べた大将のうどんとのあまりの落差に私は思わずそんな独り言をつぶやいた。

 局に向かった私は編集チームが編集してくれた素材VTRを確認した。

 一から大将のうどん作りを見返してみたのだが、やはり特別なことはしていない。

 とすれば、やはり”寝かせ”にポイントがあるのだ。

 私は大将にもう一度連絡をして、無理を承知でこんな依頼をした。

「”寝かせ”の場面を定点カメラで撮らせていただきたい」

 大将は「寝かせを、ですか?」と驚いていたようだったが、私が熱心にお願いすると最終的には快く承諾してくれた。

 もう一度お店まで出向いた私は、大将のふとんのそばに定点カメラを設置した。

 そして後日、回収してその様子を確認させていただいたのである。

 その結果、ある事実が判明した。

 やはり一朝一夕であんな美味しいうどんは作れないのだ。

 私はカメラの映像を持って大将の元を訪ねた。

 撮影された映像を見せると、大将自身も「おやまぁ」と驚いていた。

 映像の中で寝ている大将はどうやらものすごく寝相が悪いらしく、高速でゴロゴロと寝返りを打っていた。

 そしてその結果、添い寝していたうどんの生地が何度も何度もこねられていたのである。

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