私は椅子に座りながら患者に説明した。
「最近になって”恐怖軟骨”というものが発見されたんです。場所は首筋。怖いことがあると、首がゾクリとするでしょう。そうすると、恐怖軟骨が削れるんです。恐怖心が弱い人は軟骨が大きいんです。逆に恐怖心が強くて色々なことにすぐ驚いたり怖がったりする人は軟骨がすり減ってしまっている、というわけです。そして私の仕事はその恐怖軟骨を補強してあげることです。外科手術で軟骨のある部位を切開して人工的に作った軟骨で補強する、というわけです」
「なるほど。その軟骨、補強できるということは、取ることもできるんですね?」
「え?」
「その恐怖軟骨というもの、取って欲しいんです。僕、リアクション芸人として売り出したいと思っているんですけど、あいにく性格が図太くて。おそらくその軟骨が大きすぎるんでしょう。だから、先生に取ってほしいんです」
「いや、しかし……取るっていうのは始めてですが……。まぁ不可能ではないと思います」
「じゃあお願いします!」
「本当にいいんですね」
「はい!」
それから私は患者の彼に外科手術を施し、恐怖軟骨を除去した。
彼は無事恐怖に弱くなり、背後から声をかけるだけで飛び上がって驚くようになった。
私はそんな彼のことを心配していたが、彼は無事リアクション芸人として人気者になっていった。
しかしそれから数ヶ月後、彼が病院にやってきて「やっぱり元に戻してください」と言う。
一体どうしたのか、と聞くと彼はこう答えた。
「誰かに後ろから肩を叩かれるだけで、毎回死ぬ思いをするんです。もう耐えられません」
「なるほど……。しかしあなたの軟骨をそのままお返しすることはできません。人工の軟骨で補強する、という形になりますがよろしいですか?」
「はい、それでお願いします」
私は手術計画について考え始めたが、始めてのケースだったので、きちんとやれるか怖かった。
私も誰かに恐怖軟骨を補強してもらいたいが、あいにく日本でこの手術ができるのは私だけだ。
仕方ない、覚悟を決めるしかないな、と思っていたが、なんと手術は中止になってしまった。
手術前入院をしていた彼が、手術の恐怖に耐えきれず、逃げ出してしまったのである。
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