風のうわさ収集機

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 私は今日もコヤギ博士の研究所へとやってきた。

 小高い丘の上にあるコヤギ博士の研究所には巨大なパラボナアンテナのようなものが設置されていた。

 中に入ってみると、これまた巨大なスクリーンの前にコヤギ博士が立っていた。スクリーンでは文字が高速で右から左へと流れていっている。

 私はコヤギ博士に声をかけた。

「なんですか、これ」

「おぉ。これはな”風のうわさ収集機”というものだ」

「風のうわさ収集機?」

「うむ。外にあったアンテナを見ただろう?」

「えぇ」

「あのアンテナを使って風に乗った噂をキャッチし、文字に変換してこのスクリーンに投影するというわけだ。全世界の噂が流れてくるのでそれを私たちの言語に翻訳している」

「へぇ、すごいですね」

「これぐらいで驚いちゃいかん。私はこれを使ってある実験をしているんだ」

「実験、ですか」

「うむ。風のうわさを読み込んで逃がす時にだな、悪い噂をいい噂に変える実験だ。いわゆる悪質な風評被害といったようなものをだな、いい噂に変えてやるんだ。そうすれば世の中がちょっと良くなるかもしれないだろう?」

 コヤギ博士はそう言って笑った。

 数日後、私がまたコヤギ博士の研究所を訪ねると、なんとあの巨大なパラボナアンテナがぽっきりと折れていた。

「コヤギ博士!」

 私が研究所に入ると、コヤギ博士は何も映っていないスクリーンの前でうなだれていた。

「昨日の台風でな、壊れてしまったんだよ」

 昨日、この辺りにはあまり来ない台風が来たのだ。それで気になって私も様子を見に来たのである。

「私が勝手に風のうわさを改変したから怒ったのかな。台風によって運ばれてきた噂の量に耐えきれず壊れてしまったんだよ」

 コヤギ博士の研究所からの帰り道。

 私は目の前をすぅっと通った風にそっと耳打ちした。

「この町にはコヤギ博士という変わった博士がいるらしいですよ。その博士はちょっといい人みたいです」

 私がつぶやいた噂を風は運んでいってくれただろうか。

 人の噂は七十五日というが、風のうわさはもっと長く伝わるといいなと思いながら、私は丘を下った。

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