「貯金できない男の人は嫌い」
それが直近のフラれ文句だ。
そうとも。俺は貯金ができない。
会社から給料が振り込まれれば一ヶ月の間に全て使ってしまう。
若い頃にはそれが「豪快でいい」「若者らしい」とプラスのイメージにつながることもあったが、そろそろ身を固める算段をする年齢になると、途端に「だらしない」「計画性がない」とマイナスのイメージに直結するようになった。
「貯金ができない人とは将来を考えられない」そう言われて、確かにそうだとも思うが散財癖はなかなか治らない。
ある日のこと。
「フクロウ貯金」という謎めいた看板を見つけた。
見ると、ガラス戸の向こうにフクロウの入った鳥籠があり、その脇に女性が一人、座っている。
飾り気のない格好をしているが、ガラス戸越しでも若い女性であることが分かる。
女性がこちらに気づいて、どうぞ、と言うように俺を促した。
「なんだい、ここは」
中に入りながら俺が尋ねると、女性は「どうしても貯金できない人の為のサービスを提供しています」と言った。
「つまりどういうこと?」
「はい。ついついお金を使いすぎてしまう人の為に、強制的に貯金ができるサービスを提供します。無駄遣いをしようとするとですね」
女性が言葉を切って鳥籠の中のフクロウを指差した。
「この子がそのお金を回収します。そしてフクロウ貯金のお客様専用口座にお客様のお金を貯蓄していきます。目標金額が貯まるまでこの子たちが目を光らせるので、必ず貯金できるというわけです」
女性はにっこりと笑った。
物は試し。サービス料は貯蓄額の1%のみということだったので、俺はフクロウ貯金のサービスを受けてみることにした。
貯金ができるようになりたいというよりは興味の方が大きかった。
一体どうやって俺の無駄遣いを防ぐつもりなのか、見てみたかったのだ。
翌日。
俺は試しにわざと無駄遣いをしてみることにした。
駅の売店で、大して興味のない雑誌を手に取る。
そしてレジのおばちゃんに金を渡そうとした——その時だ。
背後から音もなく大きな何かが現れ、俺が差し出した千円札をその足で掴むと、飛び去っていった。
フクロウだった。
売店のおばちゃんが「おやまぁ」と目を丸くしている。
フクロウ貯金の女性から聞いていた口座番号を確認すると、貯金額が「ゼロ円」から「千円」に増えている。
なるほど……こりゃすごい。
雑誌を返して、少し歩く。
「これならどうだ」
俺は別の売店でまた雑誌を引き抜き「支払いは電子マネーで」と伝えた。
機械にカードをかざそうとしたその時、また音もなくフクロウが現れ、カードを奪い去っていった。
「あ、おい!」
フクロウはカードを持ったまま飛び去ってしまった。
口座にはさっき使おうとした金額が加算され、カードはというと、家の郵便受けに投げ込まれていた。
その後、クレジットカードでも試してみたが、結果は同じだった。
「くそぉ……じゃあこれならどうだ」
俺はスマホでネット通販サイトを開き、適当な商品を選んでカートに入れた。
「これはさすがに防げまい」
俺が決済ボタンを押そうとしたその時、画面上にドット絵で描かれたフクロウが現れ、決済ボタンを隠してしまった。
決済ボタンをタップしようとしてもできない。
「お、おい! こいつ!」
画面上のフクロウは羽を広げて決して動こうとしない。
俺は観念して画面を閉じた。
そんなわけで俺は無駄遣いをしようとしても強制的にそれを阻止され、金は貯まっていった。
「金が貯まるのも気持ちがいいもんだな」
そんな風に考えていたある日、事件が起きた。
俺は、その時いいなと思っていた同僚の女性と食事にやってきた。
美味しい酒を飲み、料理を食べ、いい感じのまま俺は会計に立った。
「今日はおごるから」
同僚にそう告げると「え、いいの?」と同僚は嬉しそうに答えた。
「もちろん。俺が誘ったんだし」
そんな風に言って俺がカードを取り出すと、どこからともなくフクロウが現れ、カードを奪い去ってしまった。
「あ、おい!」
フクロウは音もなく夜の街に飛び去っていく。
「じゃ、じゃあ現金で」と言いながら、慌てて財布から現金を取り出すと、またしてもフクロウがそれを奪い去っていく。
給料日前だったので、財布にはちょうど割り勘で支払える金しか残らなかった。
「大丈夫……?」と同僚が声をかけてくる。
「あ、いや……。あの、本当に申し訳ないんだけど、今日は割り勘でいいかな」
俺がそう言うと彼女は一瞬驚いた顔をしてから「もちろん」と笑った。
「おい、どうなってんだ!」
俺がそう言うと、フクロウ貯金の女は涼しい顔で言った。
「なんでしょう?」
「なんでしょう、じゃないよ! せっかくいい感じだったのに」
俺はことの顛末を女に話した。
「あらまぁ。ですが、うちの子がそうしたということは、それが無駄遣いだからですわ」
「無駄遣いじゃないんだって! あぁあ、絶対嫌われたぁ。とほほ」
「まぁまぁ元気を出して。おかげで目標金額が近づいたわけですから」
まったく、とんでもないサービスを契約してしまった。
「解約したい」と俺が詰め寄ると、女は「解約はもちろんできますが、それではきっとまた貯金ゼロに戻ってしまいますよ。せっかく半分まで来たのに」と答えた。
確かに、いつの間にか口座には五十万円も貯まっていた。
「くそぉ!」
俺は解約を思い止まって、悔しい思いで店を出た。
次の日だ。
俺はある噂を耳にした。
あの同僚の彼女が、俺のことを「食事に誘っておいて奢りもしない、みみっちい男」とこき下ろしているらしい。
さらにその噂に併せて、彼女が相当な「曲者」だということも知った。
男にたかり、貢ぐだけ貢がせて、男の貯金が尽きると次のターゲットを探す。
そんな子じゃないと思っていた俺は、大いに驚いた。
悔しいけれど、フクロウとあの女に感謝だ。
その後も幾度か俺はあのフクロウ貯金に行って女とやり合った。
「無駄遣いです」
「無駄遣いじゃないって!」
そんな風に俺は彼女にクレームを入れたけれど、結果的にはいつも彼女とフクロウの判断が正しいのだった。
こんな調子で、俺はフクロウ貯金によって半ば強制的に貯金を強いられるようになり、無駄遣いがかなり減った。
というより、今ではほとんど無駄遣いをしていない。
口座を確認すると、百万円まであと一歩という金額が貯まっていた。
次の給料日には百万円に到達する計算である。
そしてやってきた給料日。
俺は途中、花屋に寄ってから「フクロウ貯金」の店舗に向かった。
「あら、いらっしゃいませ」
これまで何度もやりあった彼女が俺を招き入れた。フクロウの鳥籠は空である。
「今日が給料日でね。給料が振り込まれれば百万円貯まるよ」
「そうでしたね。おめでとうございます」
と言って彼女がにこりと笑った。
「給料はもうすぐ振り込まれるはずだから、あんたと一緒に祝いたくて」
そう言いながら俺は背中に隠していた花束を彼女に差し出した。
「まぁ、綺麗。これを私に?」
「……うん。あの、色々とお世話になったからさ」
俺がそう言った瞬間、スマホが震えた。
給料が振り込まれ、口座に百万円貯まったのだ。
女も端末を確認し、また「おめでとうございます」と言って、小さく拍手してくれた。
背中から風が吹いて、空の鳥籠にフクロウが返ってきた。
「あ。フクロウ」
「この子がお客様担当のフクロウですわ」
「うん、分かるよ。おまえもありがとうな」
俺が言うと、フクロウは目を細めて「ホウホウ」と鳴いた。
「これで当サービスは終了です。手数料はすでに天引きでいただいておりますので。ご利用、まことにありがとうございました」
彼女がぺこりと一礼する。
「これ……受け取ってくれるかな」
俺はまだ手に持ったままだった花束を彼女に差し出した。
彼女は黙って花束を見つめている。
断られないはずだ……と思った。
俺はここに来る前に花屋に寄った。
花束を見繕って会計をした時、フクロウは現れなかった。
つまり、この花束は無駄じゃないってことだ。
「よければ、その。食事とか一緒にどうかなって思うんだけど」
「貯金したそばから無駄遣いですか?」
「無駄遣いじゃないって」
俺がそう言うと、彼女はようやく手を伸ばし、花束を受け取った。
そして「はい。割り勘でいいなら、お付き合いします」と言って、笑った。
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