退任ブーケトス

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 私が勤めている会社にはおかしな風習がある。

 社長が退陣する時にブーケトスをするのだ。

 そしてそのブーケを見事キャッチした人が次期社長になる。

 ちなみにブーケトスに参加できるのは役員だけだ。

 社長になれるのとなれないのでは大きく違うのでいつも本気の奪い合いが起きる。

 ある年なんかは社長が屋上からブーケを投げ捨てて、それを読んでいたある役員が窓から虫かごでブーケをキャッチした。

 財務関係の役員である私も今回のブーケトスに参加している。

 役員同士の牽制によって緊張感が漂う中、社長が屋上にやってきた。

 社長の胸には小さな可愛らしい花がつけられている。

 あれはなんという花だったかなと考えていたら社長による演説が始まった。

 そしていよいよブーケトスの時間がやってくる。

 だが社長はブーケを持っていない。まさかあの胸に挿した小さな花がブーケというわけではあるまいし……。

 と、次の瞬間、どこからともなくヘリコプターが現れ、そこから大量のブーケが投下された。

「本物のブーケは一つ。探しなさい」

 社長のそんな言葉に、屋上に集まった役員たちがざわつく。

 本物を……? 一体、どれだ。

 役員たちは屋上に落ちたブーケを拾い、これが本物かあれか本物かとやり始めた。

 私はみんなと同じようにブーケを調べるより先にふつふつと社長に怒りがわいてきた。

「社長!」

 社長に詰め寄る。

「今期の予算も厳しいのに、ヘリコプターなんかチャーターして! ダメじゃないですか」

 私がそう言うと社長がふふっと笑った。

 そして社長はそのあたりに落ちているブーケを拾うと、私に手渡しながら言った。

「君のような人間がこれからの会社には真に必要なのかもな」

 社長はそう言いながら胸につけていた小さな花をブーケに挿した。

「おめでとう。君が次期社長だ」

 後に調べてみて分かったことだが、社長が胸につけていたのはオオイヌノフグリというありふれた花だった。

 そしてその花言葉は「信頼」なのであった。

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