微熱職人

ショートショート作品
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 私は今、裸で凍っている湖のほとりにいる。

 気が狂ったわけではない。

 仕事に必要な行動なのだ。

 私は陶芸家である。

 しかし熱が出ている時でないと名作をつくれない。

 最初はこうしているだけですぐ風邪をひいたが、あいにく丈夫になってきたようで、なかなか風邪をひけなくなった。

 一時間、凍れる湖にいたが、なんともない。

 途方に暮れていると、仲介業者の若林くんがやってきた。

 私は若林くんに言った。

「ごめん、新作はまだなんだ」

「そうですか」

 若林くんは、博識で気のいい若者だ。

「そうだ、先生。運動してみたらいかがですか」

 若林くんはそう言って、二台の自転車を用意してくれた。

 若林くんと一緒に自転車にまたがる。

 ぐるりと近くを一周して、軽く息が上がったところで製作に向かってみる。

 しかし……どうもダメなようだ。

 若林くんが申し訳なさそうに言う。

「お力になれず、すみません」

「いや、ありがとう。今日はこのまま寝るよ。汗をかいたままなら風邪をひくかもしれないからね」

 翌朝起きたが、どうやらなんともないようだ。

 はぁ、どうしよう。おや、これは……?

 次の日、やってきた若林くんに私は言った。

「新作ができたよ!」

「本当ですか!? 運動後の汗で風邪をひけたんですね」

「いいや、そうじゃない」

 私は若林くんに一冊の本を差し出した。

「これ、君が昨日忘れて行った本」

 本の題名は”人類の繁栄と風土”である。

「これを読んでみたんだけどね、難しい本だから、知恵熱が出たようなんだ」

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