我が家に待望の二段ベッドがやってきた。
それまで布団で寝ていた僕たち兄弟にとってベッドは憧れの存在だった。
「俺、上な!」
兄ちゃんが僕に断りもなく上を取ってしまう。
僕は仕方なく下の段で眠ることにした。
二段ベッドで寝るようになってから、一週間くらい経った頃。
僕は夜中にトイレに行きたくなって目を覚ました。
しかしなんだかおかしい。
体が……ふわふわしている。
おかしいなと思った僕は目を開けてみて驚いた。
僕の体が浮いている。
ベッドから離れて空中にふわふわ浮かんでいるのだ。
「うわぁー!」
僕は思わず悲鳴をあげた。
「に、兄ちゃん! 兄ちゃん!」
僕は上の段の兄ちゃんを呼んだが、兄ちゃんから返事はなかった。
兄ちゃんは一度寝たら起きないたちなのだ。
僕はふわふわ浮いたままベッドの柱を掴み、ふわりとベッドの外に出た。
上を見ると、兄ちゃんもふわふわと浮いている。
「兄ちゃん!」
声をかけても兄ちゃんは起きなかった。
のんきに気持ちよさそうに寝ている。
僕はまたベッドを掴んでから力を込めて兄ちゃんの方に向かって飛んだ。
「兄ちゃん! 兄ちゃん起きてよ!」
兄ちゃんの顔をバシバシ叩く。
すると、兄ちゃんが「……んだよ〜」と言いながらやっと目を覚ました。
と、その瞬間無重力状態が解けて僕と兄ちゃんは二段ベッドの上に落ちた。
「あ、なんだよおまえ、上は俺んだぞ」
「そうじゃないんだよ! さっき寝てたらふわふわ浮いたんだ!」
「はぁ? 何言ってるんだおまえ」
「本当だって!」
僕が何度説明しても結局兄ちゃんは信じてくれなかった。
翌朝、お母さんたちにも話してみたけれど、お母さんもお父さんも「寝ぼけたんだろう」と笑って信じてくれなかった。
その後、僕は何回も二段ベッドで無重力を体験した。
でも誰も信じてくれない。
そこで僕はお母さんかお父さんのスマホを借りて夜中の映像を撮ってみようと思ったのだが、二人共スマホを貸してくれなかった。
もうここまで来ると僕もふてくされてしまって、ある夜なんかは黄色いパジャマを着てふわふわ浮いている兄ちゃんを見ながらお菓子を食べて、月見のマネごとをした。
その頃には僕は無重力に驚かなくなっていたし、兄ちゃんは兄ちゃんで寝ているにも関わらずふわふわ浮きながら姿勢良く寝ていたのだった。
そんな兄が僕の言うことを信じてくれたのはずっとずーーっと後のことだった。
アメリカから久しぶりに日本に帰ってきた兄が、こんなことを言ったのである。
「無重力訓練でさ、一度もやったことないのに俺だけ抜群にうまいんだよ。お前の言っていたこと、本当だったんだなぁ」
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