美術館のおにいさんかおねえさん

ショートショート作品
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 私が住んでいる町には美術館がある。

 ちょっとだけ有名な美術館で、市内に住んでいる人は無料で入れるので私はよくその美術館に行った。

 展示されている美術品の価値などは正直あまりピンと来なかったけれど、私は何度も何度も美術館に行った。

 美術館の物静かな雰囲気が私にとっては居心地が良かったのである。

 美術館には出口にアンケートを入れるところがあって、私は毎回そのアンケート用紙の設問に答えた。

 そして”自由に感想をお書きください”という欄に展示品の感想や学校であったことなどを書いていた。

 なぜ最初に学校であったことを書いたのかはあまり覚えていないけれど、多分「自由に」の意味を履き違えたのだと思う。

 それとも感想欄がスカスカになってしまったのを気にしたのか。

 とにかく私はそうやって自由記述欄を埋めた。

 すると後日、美術館から「ご来場ありがとうございました」というお礼のはがきが送られてきた。

 そしてそのはがきにはいつも手書きで「ありがとう。がっこうはたのしいかな。どんなじゅぎょうがすきかな」なんてメッセージが添えられていた。

 私の学年に合わせてひらがねで書いてくれていたのだけれど、私はいつも「汚い字だなぁ」なんて言って笑っていた。

 実際、字はかなりよれよれでお世辞にも綺麗とは言えなかった。

 美術館からの返事には毎回そんな調子で返事が書かれていたのだけれど、その筆跡は毎回違っていた。

「ももちゃんのおかげでじがうまくなりました」

 なんて書いてあったこともあって、実際に少しずつ字はうまくなっていったのである。

 そんな私が中学生になった頃、美術館がなくなることになった。

 私は全然気がつかなかったけれど、来場者数は少しずつ少なくなっていたらしい。

 美術館がなくなると聞いて私は寂しかったし、それと同時にいつも私のアンケートに返事をくれていた人に、最後にお礼を言いたいなと思った。

 私は美術館に向かって、受付のお姉さんに話しかけた。

「あの、私昔からこの近くに住んでいて、展示品を見させていただいた後にいつもアンケートを書かせていただいていたんです」

 お姉さんはにっこりと笑って答えた。

「まぁ、ありがとうございます」

「それで、いつもそのアンケートにお礼のはがきが送られてきて。そこに毎回お返事を書いてくれていた方がいたんです。多分、何人かの職員さんだと思うんですけど。その方々にお礼を言いたくて」

 私がそう言うとお姉さんはちょっと首を傾げて「少々お待ちください」と奥の部屋に引っ込んだ。

 十分ぐらいしてお姉さんは戻ってきたのだが、なんだか申し訳なさそうな顔をしていた。

「あの、当館にはそのような対応をさせていただいた職員はいないようなのですが……」

 予想外の返事に思わず私は「えっ」と間抜けな声を出してしまった。

「そう、ですか……」

「申し訳ございません」

 何も悪くないお姉さんがぺこりと頭を下げるので、私は慌てて「そんな、とんでもないです」と言って受付から退散した。

 いつも通り市民カードを提出して展示品を見て回る。

 美術館がなくなってしまうのはもちろん寂しかったが、私はたくさんの展示品を見て回るうちにあることに気づいた。

 そうか……そういうことだったんだ。

 私は展示品をゆっくり見てからいつも通り出口付近にあるアンケートに答えた。

 自由記述欄には”今までたくさん楽しませていただきありがとうございました。いつまでもお元気で”と書いた。

 後日、美術館からのはがきがポストに届いた。

 それを見て私は、やっぱり、と微笑んだ。

 だから返事はいつもひらがなで書かれていたんだ。

 届いたはがきには、最初にやりとりした時よりずいぶん上手になった字でこんなことが書いてあった。

「たくさんみにきてくれてありがとう。またいつかわたしたちにあいにきてください」

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