年越しハチマキ

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 我が家にはおかしな風習がある。

 ハチマキをしながら年越し蕎麦を食べるのだ。

 そうすることで、来年も無病息災でいられるということらしい。

 このおかしな風習は、昔年越し蕎麦を買うお金がなかったご先祖様が始めた風習だと言われている。

 普通、年末年始というのはゆっくり過ごすものだと思うが、我が家ではいつもハチマキをして無駄に気合を入れて年を越していた。

 そんな家で生まれ育った私は、いつも無邪気にハチマキをして年越し蕎麦を食べていたのだが、大人になってから疑問を持つようになった。

 何しろ我が家以外はどこもこんな風にして年越し蕎麦を食べていないのだ。

 大学生になったある年、初めて実家ではなく友達と年を越して、その時はハチマキをしないで年越し蕎麦を食べた。

 まぁ、迷信みたいなものだし問題ないだろうと思っていたのだが、その翌年はなんだかずっと気合の入らないぼんやりした年になってしまったのである。

 だから私は反省して毎年きちんとハチマキをして年越し蕎麦を食べるようになったのだが……。

 今年だけは、どうしようか迷っていた。

 何故なら、夫の実家で初めて過ごす年越しだからだ。

 一人だけハチマキをして年越し蕎麦を食べるのもどうか、と思ったのだが、ハチマキをしなかったせいで来年ふにゃっとして過ごすのは嫌なので、私は事前に夫のお母さんに伝えておくことにした。

「そんなわけなので、本当に申し訳ないのですが私だけハチマキをさせていただきます」

 私から謎の風習を聞いたお母さんは「あら、そうなの? 分かった!」と笑ってくれた。

 それからみんなで年末恒例の歌番組を見たりして時間を過ごした。

 年越しが近づいてきた時、お母さんが「じゃあお蕎麦、茹でますね」と席を立った。

「あ、じゃあ、ちょっと失礼します……」

 私はそう言って私たちに当てがわれた寝室に向かった。

 持ってきたカバンの中からハチマキを取り出す。

 今頃実家のお母さんやお父さんもこうしてハチマキをしているのかな、なんて思いながらハチマキをした。

 ハチマキをした私は寝室を出てみんながいるダイニングに向かった。

 お父さんには夫から言っておいてもらった。

 大丈夫大丈夫、最初の年だけだ、恥ずかしいのは。

 そんな風に考えながらダイニングに通ずる扉を開けた。

「へ?」

 私は思わずそんなすっとんきょうな声を上げてしまった。

 ダイニングに座っていた夫、お母さん、お父さん。

 その全員がハチマキをしていた。

 いや、それどころか襷(たすき)までしている。

「え、襷、ですか。え?」

 そんな風に慌てる私に夫が言った。

「実はうちでは年越し蕎麦を食べる時、襷をかけるんだ。驚かせようと思って黙っていたけど」

「同じような風習があるものねぇ」

 そう言ってお母さんが笑う。

 お父さんが「ほら、うちのじいさんたちの写真だよ」と一枚の写真を見せてくれた。

 その写真はかなり古いもののようで、本当に襷をかけながら年越し蕎麦を食べていた。

「本当だ!」

 思わずそう叫んだ私を見てみんなが笑う。

 なんとかうまくやれそう、と、私は初めての夫の実家でようやく肩の力を抜くことができた。

 そして、家族みんなで、おそらく日本一気合の入った年越し蕎麦を食べた。

 来年もいい年になりそうだ。

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