「1497番、出ろ」
看守に呼ばれて独房を出る。
ついにか、と思う。
俺は死刑の判決を受け、すでに半年以上この刑務所に服役している。
そろそろだと思っていた。
しかし看守は俺を看守長の部屋へと案内した。
なんだというのだろう。
「座れ」
看守長にそう言われ俺は椅子に腰掛けた。
「異例の措置としておまえをここに連れてきた。おまえの判決内容は承知の事と思うが、その内容が多少変更される」
「変更?」
何を言っていやがる。
俺の判決は死刑。
それが覆ることなどはもはやないはずだ。
「現在死刑判決を受けている死刑囚に対し、死刑以外の刑執行の選択権が与えられることになった」
「はぁ……」
「死刑を選べば従来と同じく絞首による死刑が執行される。ただし執行は今日ではない」
舌打ちをしたくなる。
やるなら早くしろ。
半年間、そればかり思ってきた。
「死刑を選択しなかった場合……凍結流刑に処される」
「凍結流刑?」
なんだ、そりゃ。
看守長が不機嫌な口調で言った。
「死刑制度に反対する勢力の活動により設立された新しい処刑制度だ。凍結流刑に処される者は冷凍睡眠の処理を施され、宇宙へと排出される。冷凍睡眠が解けることはない。よって受刑者は半永久的に宇宙を漂うことになる。もちろん航路は操作不能なので太陽に類似する恒星に引き寄せられたりブラックホールに吸い込まれるなどの理由で死を迎える可能性はある。その場合、苦しまずに死ぬことになるだろう。よって死刑と同等の刑として凍結流刑が採択されたのである。おまえには死刑か凍結流刑かを選ぶ権利が与えられる。凍結流刑を選んだ場合、執行は本日午後二時となる。この場ですぐに決めろ」
無茶を言う。
だが……。
「凍結流刑とやらを選択します」
俺はそう言った。
看守長が小さく舌打ちする。
もう待つのは飽きた。
今日執行されるというところが気に入った。
「下がれ。舎房にて刑執行を待つように」
吐き捨てるようにそう言った看守長の元を辞して独房に戻った。
そしてその日の昼過ぎ、看守に呼ばれて俺は再び独房を出た。
刑務所を出て見たことのない建物に連れて行かれる。
身を清められ、食事を与えられた。
最後の晩餐ということか。
そして死刑台とは程遠いイメージの近代的な建物へと入る。
見ようによっては棺桶にも見えなくもない一人用の流刑用宇宙船に乗り込む。
「何か最後に言いたいことは」
宇宙船の覗き窓越しに係員らしき人間にそう聞かれる。
「特に」
それだけ答えた。
「では。称呼番号1497番、凍結流刑を執行する」
管理人がそう言うと宇宙船から駆動音が響いて酸素マスクのようなものが口に押し込まれた。
これは生命維持装置なのか。
死刑に相当する刑なのに生命維持装置とは。
そう皮肉な考えをした瞬間、薄い霧のようなものが宇宙船内に充満して、皮膚にピリッとした痛みを感じた。
凍結が開始されたのだと思った瞬間、強烈な眠気が襲ってきた。
「ん……」
目を覚ました。
なんだ、ここは。どこだ。
一瞬、自分がどういう状況にいるのか分からなくなる。
はっとして目の前の窓越しに広がる景色に目を奪われた。
そこには闇が広がっていたが、所々ガスのような光が見える。
そうか、俺は凍結されて、宇宙に……。
ここは宇宙空間だ。
地球の姿は見えない。
地球から排出されてどれくらいの時間が経ったのか。
それは分からない。
だがこの状況は妙ではないか?
俺は凍結されて、その後目を覚ますことはないはずだ。
一体何が起こっているのか……?
小さな宇宙船全体が奇妙に軋んでいるのを感じる。
まさか、冷凍装置が故障したのか。
俺は宇宙船の中で体を動かそうとしたが、拘束ベルトと口に挿入された酸素チューブのせいで身じろき一つできない。
と、その時だった。
先ほどまでの闇が嘘のような眩い光が窓から差し込んできた。
なんだ、あれは。
巨大な恒星が目の前に迫っていた。
この宇宙船は恒星の重力に引き寄せられているのだろうか。
「ふぅ……ふぅ……」
俺は宇宙船の中で一人、パニックに陥った。
ふざけるな。苦しまずに死ねるんじゃなかったのかよ……!
もはや眩しいを通り越して痛いほどの光が差し込んでくる。
宇宙船は激しく振動し、恒星へと近づいていく。
熱い。熱い……!
「うーーーーー!!!」
俺は酸素チューブをくわえたまま声にならない叫び声をあげた。
瞬間、体の表面がピリッと痛んだ。
はっと目が覚める。
そこは宇宙船の中だった。
窓の向こうには宇宙が広がっている。
なんだったんだ、今のは。まさか、夢?
いや、夢だとしても”俺はなぜ目を覚ましたのか?”
宇宙船全体が細かく軋む。冷凍装置の故障か。
窓越しに闇がどこまでも広がっている。
どうなるんだ、俺は、これから。
俺はまた動けるはずもない体でパニックを起こした。
出してくれ、頼む。
目の前に、先ほどよりも濃い、暗い闇が迫っていた。
なんだ、あれは。
まさか、ブラックホール……?
宇宙船が軋み始める。
目の前の景色が圧縮される。
どうなってしまうんだ。
「ーーーー!!!」
体の表面がピリッと痛んだ。
はっと目が覚める。
そこは宇宙船の中だった。
窓の向こうには宇宙が広がっている。
なんだ、一体、どうなってる?
「うぅ……うぅ……」
声にならないうめきをあげる。
また、遠くに眩い光が見えてきた。
どうなってる。どうなってる!?
宇宙船の軋み。揺れがひどくなる。
震える宇宙船が恒星に引き寄せられていく。
俺の意志とは無関係に、宇宙船が光に向かっていく。
また冷凍が開始される。
はっと目が覚める。
そこは宇宙船の中だった。
窓の向こうには宇宙が広がっている。
もう嫌だ……もう嫌だ!
宇宙船の覗き窓からは、無慈悲な暗闇が見える。
どうなってる。何がどうなっているんだ。
何者をも拒むような暗闇が目前に迫ってくる。
頼む……もう死なせてくれ。死にたい。死なせてくれ!!!
瞬間、体の表面がピリッと痛んだ。
作業員の男が作業パネルから離れる。
「再凍結完了」
作業員の男はモニターが”宇宙空間”に設定されているのを再確認した。
ここは凍結流刑者が”回収されて”収容されている施設である。
凍結流刑に処される者は宇宙船の中で凍結されて、そのままここに収監される。
宇宙船には燃料などは一切積まれていない。当然、宇宙に向かって射出する機能も持ち合わせていない。
つまりそれは宇宙船ではなく、言うなれば処刑道具なのだった。
凍結流刑の受刑者は任意のタイミングで覚醒処置が取られ、宇宙船の窓から様々な情景を目にする。
何度も、何度も。繰り返し、繰り返し。
そのうちに受刑者は”死なせてくれ”と願う事になる。
しかしそれが叶えられることはない。
酸素チューブが挿入されている為、自分の舌を噛み切って自殺を図ることさえ許されない。
作業員の男が作業員たちの待機スペースに戻ってため息をつく。
近くにいた上司に向かって言った。
「まったく、いっそ死刑にしてやった方が良い気がしますね」
「仕方ないだろ。殺さずに死と同等の苦しみを与える。それがこの凍結流刑の目的だ」
「あと何回、こいつらは覚醒と絶望を繰り返すのでしょうか」
「さぁな。凍結している間は細胞も年老いない。だから、何千回、何万回でも……」
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