僕の住む町には「口笛橋」と呼ばれている橋がある。
山と山の間にかかっている口笛橋は家までの近道なのだが、正式な通学路ではないので通ってはいけないと言われている。
そしてその口笛橋にはある噂があるのだ。
それは「渡る時は口笛を吹き続けないと死んでしまう」というものである。
ずっとずっと昔に、口笛を吹くのが好きな男の子が橋に腰掛けて口笛を吹いていたら突風が吹いて橋から落ち、死んでしまったらしい。
そして、それからこの橋を通る時には口笛を吹かないとなぜか橋から落ちてしまうようになったのだとか。
噂ではその口笛好きの男の子が橋から落ちるように誘っているのだという。
そんな噂のある口笛橋を、僕は渡ってみることにした。
クラスの中で口笛橋を渡ったことがある友達はいなかったので、渡ることができればみんなに自慢できる。
僕は橋の入口に立って、口笛を吹き始めた。
そしてそのまま一歩、また一歩と歩き出す。
口笛橋は普段から車も人もほとんど通らない場所なので、昼間でも静かで不気味だった。
静まり返る橋に、僕の口笛の音だけが響いた。
と、橋を三分の一ほど進んだ所で、橋が霧に包まれた。
な、なんだ!?
濃い霧が立ち込め、前が見えなくなってしまった。
唇が震えて、うまく口笛が吹けない。
やばい……やばい!
焦れば焦るほど、口笛は鳴らなかった。
「口笛の吹き方、教えてやろうか?」
突然後ろから声をかけられた。
振り返ると、男の子が一人橋に立っている。
まさか、この子が、この橋から落ちて死んだっていう……?
こちらを見ている男の子は、なんというか、普通の男の子に見えた。
「こうやるんだよ」
男の子はそう言って口笛を吹いた。
綺麗な口笛の音が山と山の間に響き渡る。
それから僕は、男の子に口笛の吹き方を教えてもらった。
男の子に教えられたとおりに口笛を吹いてみると、男の子と同じような綺麗な音が鳴った。
「ほら、これ見てみろよ」
男の子は橋の手すりにぴょんと飛び乗って、その日一番大きな音で口笛を吹いた。
すると霧がさっと晴れて、橋から見える雄大な景色が顔を出した。
「俺はこれを見せたかっただけなのに。男の人が身を乗り出しすぎて橋から落っこちちゃったんだ」
男の子は悲しそうにそう言った。
口笛橋の噂の真相を知った僕は、それから何度も男の子に会いに行った。
僕がやってきた合図は男の子に教えてもらった口笛だ。
僕が橋で口笛を吹くと、どこからともなく男の子が現れる。
そして僕たちは二人で橋から景色を眺めるのだ。
そんな風にして僕たちは友達になったのだが、ある日、男の子は言った。
「おまえがさ、大きくなっていくのを見て、俺も前に進まなきゃって思ったんだ。今までは特定の誰かと友達になることなんてなかったから分からなかったけど、俺がこうしてここにいる間にも時間は進んでるんだな。俺はいつまでもここにいちゃダメなんだ」
男の子はそう言ってすーっと消えていった。
それから口笛橋で彼の姿を見ることはなくなった。
だが、しばらくして彼は、どうやら別の存在になって帰ってきたらしい。
口笛橋のかかる山で「やっほー」と叫ぶと、やまびこの代わりに口笛が聞こえることがあるそうなのだ。
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