切り捨て侍

ショートショート作品
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 あれもやらなきゃ、これもやらなきゃ。

 やらなきゃいけないことが溜まっている。

「あー!」

 私はいつもやるべきことを溜めてしまう。

 大事なことはもちろん、どうでもいいことまで抱えてしまうのだ。

 そういう、途中で宙ぶらりんになっているどうでもいいことを”切り捨て”てくれる侍がいるらしいと聞いた。

 ママ友に教えてもらったのである。

 私はさっそくそのお侍さんを呼んでみることにした。

 予約してから一週間後、呼び鈴が鳴った。

 玄関を開けると袴姿のお侍さんが立っている。

 あ、ちょんまげ! 本物のお侍さんだ。

「お邪魔いたす……」

 お侍さんはそう言ってするりと我が家にあがった。

「紙を」

 お侍さんにそう言われて、私は一枚の紙を差し出した。

 予約をする時に、切り捨てたいことを書いた紙を用意しておいて欲しいと言われたのだ。

 それを切ってもらうことでどうてもいいことをすっぱり忘れられるという。

「離れていてください。紙切り刀ですが、万が一があるといけませんので」

 私はそう言われてお侍さんから離れた。

 お侍さんは広い場所に移動して「では……」と目をつぶった。

 一分ほどそうしてから、お侍さんが突然「はっ!」と言って紙を空中に放り投げた。

 そして刀に手を置き、一瞬で紙を切ってまた刀を鞘にしまった。

 居合、というやつだろう。

 紙はすぱっと二つに切れて、なんだかすーっと気が楽になった。

 まるで肩にのしかかっていた大きな荷物を降ろしたような感覚である。

 私がお金を支払うと、お侍さんは「では……」と言って去っていった。

 なんていいサービスだろう。

 また色々と溜め込んじゃったらお願いしよう、と私は思った。

 肩の荷を色々降ろした私が快適な日々を過ごしていると、突然ママ友から「ねぇ、どうしたの!?」と連絡が入った。

「今日、一緒に買物行く予定だったでしょ? 忘れちゃった?」

「え!?」

 そう言われればそうだった、と思い出す。

 最近、そんなことが続いているのだ。

 一体どうしたんだろう。

 ママ友から連絡を受けて慌てて準備をしていた私は、あるものを発見した。

「あ!」

 お侍さんは居合をする時に勢い余ってしまったのだろう。

 色々な予定を書き込んでおいたリビングのカレンダーがスパッと真っ二つに切られていたのである。

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