向こう水(すい)

ショートショート作品
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 僕はあるお寺にやって来た。

 ここには「向こう水」という神水があるらしい。

 なんでもその水をかけてもらうと思い切りがよくなるというのだ。

 何事にも慎重に行動しすぎる僕は、そんな自分を変えたくて向こう水を住職にかけてもらった。

 なんだか、すぅっといい気分になってくる。

「効果は水が乾くまでですので」

 住職にそう言われた僕は、早く何かしなければ、と焦った。

 思い切りのいいうちに、普段ではできないことを……。

 そうだ、恋人を作ろう。

 大学の友達で気になっている宮野さんに告白しよう、と僕は走り出した。

 いや、待てよ。今ならば。

 僕は大学内で一番可愛いと噂されている子に告白してみることにした。

 いつもの僕だったら「そんなこと、とてもとても」と尻込みしてしまう相手だが、今ならできる。

 大学の構内でその子を見つけた僕は思い切って告白をしてみた。

 しかし見事に玉砕してしまう。

 えぇい、数撃ちゃ当たる! 次だ!

 僕は二番目に可愛い子に告白をした。

 だが、またしても玉砕。

 そんな調子で僕は次々に女の子に告白して回った。

 そして、ついに向こう水の効果が切れた。

 結局僕は誰とも恋人になることができなかった。

 さらに悪いことに、誰でもいいから彼女を作りたいという軽薄さが大学中に知れ渡ってしまった。

 そんな噂を聞く中で、僕はあの宮野さんが僕のことを密かに好いてくれていたことを知った。今ではすっかり幻滅されてしまったことも。

 はぁ……。悔やんでも悔やみきれない。

 まさに覆水盆に返らずというやつである。

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