あるところに天才的な頭脳を持った博士がいた。
その博士の元を、ある資産家が訪ねてきた。
資産家は博士に己の野望を語った。
「人間の考えを支配したいのだ」
それを聞いた博士はこう答えた。
「では、どこでもいい。家電メーカーを一つ買収してください」
博士はこんな展開を待ち望んでいた。
こんな資産家が自分の元に訪れることを。
こんな野望を持っている男が現れることを。
博士には革新的な発明品を作る頭脳はあっても、野心がなかった。
成し遂げたいことがない。手段はあっても目的がない。
しかしそんな自分の特性を理解する一方で、何か大きなことを成し遂げたいと思っていた。
それが良いことであろうと、悪いことであろうと。
その為にはこの資産家のような男が必要不可欠だったのだ。
博士は身を粉にして研究に勤しみ、そして開発した。
それは人を洗脳することができる扇風機であった。
扇風機は風と共に微量の神経電波を発信する。
それを受けた人間は自分でも気がつかないうちにゆっくりと洗脳されていく。
博士は資産家に言った。
「この扇風機を全国でナンバーワンのシェアを誇る商品にしなければなりません。それには価格を安く提供する必要があります」
「ふむ、分かった」
資産家はその個人資産を用いて扇風機を大量生産し、市場平均価格の半額という破格の値段で売り出した。
価格の割に性能もいいということで、扇風機は見事ナンバーワンシェアを獲得した。
そしていよいよ、資産家の計画は最終段階に入った。
扇風機から出る神経電波は資産家が望む内容に人々の考えが洗脳されるようにプログラムされている。
あとは資産家が望む内容を、全国の扇風機と繋がった拡散機器に入力するだけである。
「博士、数ヶ月後には大きく世界が変わるぞ」
「はい」
博士は自分の体がぞくっと震えるのが分かった。
恐怖ではない。歓喜から来る震えである。
自分の発明が世界を変えるのだ。
「さて始めよう」
資産家が低い声で言った。
博士は資産家の願いに耳をすませた。
「みんなキリンさん派になれ」
「え?」
博士は思わず素っ頓狂な声をあげた。
資産家はそんな博士に向かって言った。
「ワンちゃんとネコちゃんは両方好きだ。だから犬派、猫派には決着がつかなくていい。しかしゾウさん派とキリンさん派に別れるのは納得がいかん。キリンさんの方がかっこういいじゃないか。そう思うだろう?」
博士は資産家の話を聞いて、ガックリと肩を落とした。
無言で資産家の元を去ろうとする博士に資産家が聞いた。
「君はゾウさん派とキリンさん派、どちらかね」
「私は……シロクマ派です」
「ふぅん」
博士の答えを聞いた資産家はさほど興味がなさそうに、再び拡散機器に向かって「みんなキリンさん派になれ」と吹き込んだ。
博士はとぼとぼと資産家の元を去った。
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