今日、この料亭の座敷でお兄ちゃんの結婚相手である里香さんご家族と私たち一家の顔合わせが行われる。
里香さんのご家族を待ちながらお兄ちゃんの顔を見ると緊張しているのが誰の目にも明らかなほど固い表情でそこに座っていた。
「お兄ちゃん、ほら、リラックス」
「お、おう」
私の声なんててんで聞こえていない様子でお兄ちゃんが答える。
お父さんやお母さんも、お兄ちゃんほどではないにしろ緊張しているようだ。
今日の会場がここでよかったな、と改めて思う。
今私達がいるこの料亭は、ある変わったサービスを提供している。
その変わったサービスとは、「実況」である。
今回のようなちょっと場が緊張してしまうような時に、合いの手として実況を入れてくれるのだ。
ここの会場を選んだのはお兄ちゃんで、聞いた時は「大丈夫なの?」と心配になったけれど、それくらい砕けていた方が場も盛り上がるかもしれないし、お兄ちゃんにとってはここが会場の方がいいのかもな、と思った。
そんなことを考えているうちに、里香さんご一家が到着されたようでさっそく実況が開始された。
「さぁ、ついに宮野さんご一家の登場です! 最初に姿を現したのは……やはり宮野信夫さんだぁ! 信夫さんは銀行にお勤めで支店長をされています。そしてその後ろから久子さんもご登場です! 久子さんはご近所でも有名な生け花教室の先生をされており……」
そんな調子で実況がさっそく場を盛り上げる。
「妹さんの美香さんは最近自作のプリン作りにハマっているそうです!」
あ、そうなんだ。
私もお菓子好きだから話が合いそう。
そう思った私は妹の美香さんにお菓子作りのことを聞いてみることにした。
顔合わせの食事会は和やかな雰囲気で進み、私は里香さんの妹の美香さんとお菓子作りなどの共通の話題で盛り上がった。
両親同士も最初の実況による紹介がよかったのか、すっかり打ち解けている。
お父さんがあんなに楽しそうに笑っているのを久々に見たような気がする。
里香さんもずっと笑っていて、私は今日の日がいい日になってよかったな、と思った。
私は里香さんの笑顔を見ながら、お兄ちゃん、いい人と結婚することになったね、と心の中でお兄ちゃんを祝福したのだった。
料亭の前で里香さんご家族を見送った。
和やかな雰囲気の会だったけれど、やっぱり緊張もしていた私たちは「楽しかったね」と言い合いながら肩の力を抜いた。
私は横でぐったりしているお兄ちゃんに「お疲れ様」と声をかけた。
するとお兄ちゃんは自分の職場を振り返りながら「実況しすぎて声がガラガラだよ」とかすれた声で笑った。
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