夫の荷物を整理していると、一枚の封筒が出てきた。
真新しい封筒の中に一枚の写真が入っている。
それは浜辺を映した写真だった。
家の中が少し落ち着いた頃、私はあの浜辺にやってきた。
写真の中に映っていた浜辺。私と夫にとって特別な浜辺だ。
海水浴シーズンはとっくに過ぎているので、浜辺に人影はない。
誰もいない浜辺を一人、歩く。
と、波打ち際の砂浜に「マコちゃん」と書かれているのを見てドキリとした。
私がここに来る前に子供でも遊んでいたのだろうか。
夫とよく二人で座ったベンチに腰掛ける。
初めてのデートで訪れたこの浜辺は、やがて私たち二人にとって特別な場所になった。
夫が私のことを初めて「マコちゃん」と呼んだのも、この浜辺だ。
「真希子」という私の名前を縮めた「マコちゃん」から「真希子」になり、それはやがて「かあさん」になった。
変わらない浜辺。いつも変わるのは私たちの方だった。
と、先ほど「マコちゃん」と書かれていた波打ち際に、今度は「ありがとう」という文字が書かれていた。
気がつかないうちに誰かが書いたのだろうか。あたりを見渡すが、人影はない。
「慎二さん……?」
私はベンチから立ち上がり、波打ち際に向かった。
「ありがとう」というその文字は、慎二さんの書く文字に似ていた。
そばに落ちていた木の棒を拾い上げ「こちらこそ」と書き添える。
ザァッと音がして、大きめの波が文字の上を走ると、そこにもう文字はなかった。
私はそれが、慎二さんからの「受け取りました」というメッセージであるような気がした。
それから波打ち際に文字が現れることはなく、ただ穏やかな波が寄せるのを、私は一人、長い間眺めていた。
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