夕立坊主

ショートショート作品
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 小学校の帰り道に友達と歩いていると、夕立が降ってきました。

 私たちは色とりどりの傘を広げて歩きました。

「あ、夕立坊主」

 男子の一人が言いました。

 見ると、確かにお坊さんが一人、雨の中を歩いています。

 あのお坊さんが現れると、雨が降る、ということで、あのお坊さんは夕立坊主と呼ばれていました。

 お坊さんは目が見えないそうで、いつも杖をついて歩いています。

 今日も、夕立の中を傘も差さずに歩いていました。

 夕立坊主に会うと、不吉なことが起こるぞ、なんていう噂もあります。

 雨の中、杖をつきながら歩くお坊さんの姿は、確かにちょっと不気味です。

 お坊さんを見かけると、いたずらする子なんかもいました。

 ダダダッとお坊さんの方に走っていって、わざとお坊さんのすぐ目の前を通り過ぎるのです。

 それは、危ないし、すごくよくないことだ、と私は思っていました。

 その時、一人の男子が「夕立っ!」とお坊さんに聞こえるように言いました。

 友達の何人かがくすくすと笑います。

 私はたまらず、お坊さんの方へ駆け出しました。

 そして自分の持っている傘をお坊さんに差し出しました。

 きっとみんなが見ている、と思うと、首のあたりがカッと熱くなりました。

「望月さんですね」

 お坊さんが突然そう言ったので、私はとても驚きました。

「分かるんですか」

「えぇ、足音で。目が悪いので、耳がよくなるんですよ」

「……あのぉ、お坊さんはなんで雨を呼ぶんですか」

「いいえ、私は呼んでいるわけではないのです。望月さんは、雨男って知っていますか」

「ううん」

「雨男とは、なぜか行く先々で雨に降られてしまう男の人のことです。私もどうやら雨男のようで、雨を呼んでしまうんです。それも、普通の雨男よりもちょっとだけ雨を呼ぶ力が強いみたいですね」

 お坊さんがそう言って笑いました。

 私もつられて笑います。

「でも、そんなに雨に降られるなら傘を持って歩けばいいのに」

「実は持ち歩いているんですよ」

「え?」

「この杖、中に傘が隠してあるんです。仕込み傘、とでもいいましょうか」

 お坊さんが杖をひょいと持ち上げました。

「じゃあ、どうして差さないんですか?」

「前に怒られたことがあるからです」

「なんで!?」

「私が雨を呼んだくせに、傘を差すとは何事か、ということだと思います」

 私にはその理屈が全然分かりませんでしたし、それはさっきの男子が言った心無い冷やかしと似たようなものだと思いました。

「じゃあ、また会ったら私が傘を差してあげる」

 私がそう言うと、お坊さんはにこりと笑って「ありがとう」と言いました。

 それから私はお坊さんをお寺まで送り届けました。

 お坊さんと別れる時、杖に隠された傘が開いているところを見てみたいなぁ、と思ってもたもたしていると、お坊さんがふふっと笑って杖の中の傘を広げてくれました。

 それは、濃い朱色の、とても綺麗な傘でした。

 雨はもう止んでいました。

 翌日、学校で私は友達に冷やかされました。

 私はそんな友達に言いました。

「あのお坊さんは、雨男なだけだよ」

「なにそれ?」

「雨を呼んじゃう男の人なんだって。それにね、あのお坊さんの持っている杖には、すごい秘密があるんだよ」

「え、何々!?」

「教えてあげない。今度会ったら、直接教えてもらいなよ」

 それから、夕立が降るとお坊さんの周りに色とりどりの傘の花が咲くようになったそうです。

 それは私たちのような子供の傘なのでした。

 お坊さんはもう、夕立坊主、とは呼ばれなくなって、今度は「傘坊主さん」と呼ばれるようになったのでした。

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