ふらりと町を歩いていると、おかしな店を見つけた。
その店の看板には「ソファ 一座り 3,000円」と書いてある。
なんだこりゃ、と思い、店番らしき老人に聞いてみた。
「ここはどういうお店なんですか?」
「気分が沈むソファを置いている店だよ」
「えぇ?」
そんなものに誰が座るのだろうか。
「あんた、今”そんなの誰が座るんだ”と思っただろう」
「あ、い、いえ……」
「それが、どんなものでも色々と用途はあるもんだ。ポジティブすぎる人間が座りに来る、なんてこともあるがね、本質はそこじゃない。落ち込んだ時にこそ、このソファには座る価値があるのさ。このソファに座って、落ち込むところまで落ち込めば、ソファから降りた時に反発して気分が上向くのさ。バネみたいなもんだね。落ちればそれだけ上向くこともできる。中途半端にうじうじと落ち込むってのが一番良くない」
なるほそ、それは一理あるかもしれない。
仕事で落ち込むことのあった私は、試しにそのソファに座ってみることにした。
ソファは柔らかい素材のソファで、座ると体が一気に沈み込んだ。
そしてそれと同時に、ずーんと暗い気持ちになってくる。
気分が落ち込んで落ち込んで、来るところまで来たな、と思ったときにソファから立つと、なんだか「もうここまで落ち込んだら仕方ないか!」という気持ちになってきた。
なるほど、老人の言う通り、これはいいかもしれない。
老人に「短い期間で何度も来たりしちゃいけないよ。癖になるから」と釘を差された私は、また時間をあけて来てみよう、と思った。
半年後、私はまたふらりとあのソファの店にやってきた。
すると、あの老人がいて、なんと店をたたもうとしているところだった。
やめてしまうのか、と聞くと老人は言った。
「実は、この店の常連だった男がソファの技術を盗んでなぁ。向かいに、あんなものを作ってしまったんだよ」
そこには立派なビルが建っていて、看板には「気分が沈むベッドと気分が弾むトランポリンで、究極のデトックスを」と書いてあった。
老人は建物を見ながら言った。
「まぁ、もともと日陰仕事で、浮き沈みが激しい仕事だからな。また必要になったら戻ってくるよ」
老人はそう言ってこの町を去っていった。
老人がこの町を去って数年後、あの立派なビルの店は潰れてしまった。
最初は大評判となり、遠くからあのビルにやってくる人も多かったが、気分の沈むベッドと弾むトランポリン、どちらも依存性が高く、短い期間で気分を乱高下させすぎたのがいけなかったらしい。
人々はすぐにその刺激に慣れてしまって、やがてベッドに横になってもトランポリンで跳ねても何の効果も得られなくなったそうだ。
まるで麻薬のようだな、と私は思った。
噂では、こういった店には規制が入るかもしれないらしい。
どんなことでも、過剰にやりすぎてはいけないのだ。
この町に、ひっそりとあの老人が帰ってくる日も近いかもしれない。
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