代わりトイレ

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 同じマンションに住むママ友の部屋でお茶会をしている時、私はお手洗いに行きたくなった。

「ごめんなさい、お手洗い借りてもいいかしら」

 私がそう言うと、彼女は突然「前に夫の仕事について聞いてくれたことがあったわね」とつぶやいた。

 確かに、私は彼女の旦那さんのお仕事について聞いたことがある。

 私は旦那さんに会ったことがなかったので何気なく聞いたのだが、その時彼女は黙り込んでしまった。

 だからその時はそれ以上は聞かなかったのだ。

「夫の仕事について、話しておくわね」

彼女はそう話を始めた。

 彼、昔から人柄の優しい人だったの。

 それで頼み事をされることが多かったらしいのね。

 その中に「いま手が離せないから、代わりにトイレ行ってきて!」なんていう冗談があって。

 彼、そう頼まれる度に「いいよ〜」なんて言って周囲を笑わせてたらしいんだけど、ある時ひらめいたんだって。

「これをビジネスにしたらどうか」

 びっくりよね。

 どういう発想力なのかなって。

 普通、一笑に付すような思いつきじゃない。

 でもそれを本当にしちゃうのがあの人のすごいところなの。

 彼は研究に没頭して、ある発明品を開発した。

 汚い話でごめんなさいね。

 それは人のお腹に取り付けることで、その人のお腹にあるもの、その、トイレでするようなものね、それを自分のお腹に転送できる装置だったんだって。

 それであの人、それを色々な人に配って「トイレを僕が代わりにするので、月額料金を支払ってください」なんて言って回ったらしいの。

 くだらないなぁって、思うじゃない。

 でも、なかなかどうして。

 そのビジネスが大ヒットして、彼はたくさんの人と”トイレ代行”の契約を交わしたらしいわ。

 収益はウナギ登り。

 でも一つ問題が起きて。

 彼、トイレに行きたい人の代わりをしたい一心で、お腹の中身を転送する発明をしたのはいいけれど、それを解除する方法を考えていなかったの。

 しかも悪いことに、その時彼の顧客は増えに増えて、彼は一日トイレに籠って”顧客対応”に追われる身になってしまってて。

 そこまで言うと、彼女は頭を下げた。

「そんなわけで、トイレは貸せないの。ごめんなさい」

 とっくに限界だった私は、「また連絡する!」と言って部屋を飛び出した。

 廊下を玄関まで走っている途中、トイレの中から「すみません……」という弱々しい声が聞こえたが、私に返事をする余裕はなかった。

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