白線の悪魔

ショートショート作品
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「ありがとやしたー!」


 サッカー部全員でコーチに挨拶をしてその日の練習は終了。

 三年生、二年生、そして僕を除く一年生は更衣室へと戻っていく。

 僕はボールその他の用具片付け係だ。

 持ち回りではない。

 その日の外周で一番タイムが遅かった者が用具を片付ける決まり。

 それはすなわちいつも僕が片付け係であるということだった。

 練習で疲れた体に鞭を打って、僕はボールを抱えた。
 

 ボールやコーンなどを片付け終わって、あとは白線引きだけ。

 僕はヘロヘロの体を引きずって白線引きを引き、用具室まで歩き始めた。

「タケルくん!」

 そんな声が背中越しに聞こえて、僕は硬直した。

 今の、声は……。

「タケルくーん!」

 振り向いた僕の目に、僕の名前を元気良く呼びながらこちらに駆けてくる美波さんの姿が映った。

 同じクラスの吉川美波さん。

 サッカーが好きな美波さん。

 運動音痴の僕がこの部活に入ることに決めたきっかけとなった美波さん。

 つまり僕の片思いの相手。

「み、みみみ、美波さんっ」

 僕が盛大に噛みながら返事をすると、美波さんが「それ! 白線!」と僕が持っている白線引きを指差した。

「引いちゃってるよ! 線!」

「へ?」

 美波さんに言われてグラウンドを見ると、白線引きのストッパーが外れたままになっていて、僕はヘロヘロとおかしな曲線を引いてしまっていた。

「あ、やべっ」

僕は慌ててストッパーをかけて白線引きから出てくる白い粉を止めた。

「ふふふ、やっちゃったね。消すの手伝おうか」

 そんな風に僕に笑いかける天使の生まれ変わりと思しき美波さんにどぎまぎしていると、美波さんの後ろから「☆☆☆」と形容し難い声のようなものが聞こえた。

「ん?」

 僕が美波さんの後ろに目をやると、美波さんも後ろを振り返った。

「え……誰」

 そこに何かが立っていた。

 何か。

 一見してドラキュラのような、なんというかシルクハットに黒い服、そして先端が三つに分かれた銛のようなものを持った男が立っていた。

「外人……?」

 僕がそうつぶやくと、外人は「☆★☆!?」とまたよく分からないことを言った。

 僕の方を振り返った美波さんに僕も首をかしげる。

 外人はため息をついて、突然日本語で「ほら、これでどうだ」と言った。

「どうって?」

僕がそう聞くと、外人は流暢な日本語で答えた。

「うむ。ようやく通じたか。どこだここは。島国?」

「島国……? 日本ですけど。ジャパン」

「ふむ、ジャパンね。はいはい。そんで、願い事は何」

「願い事?」

「おまえが呼び出したんだろ、俺を」

外人はそう言って僕を指差す。

 美波さんがまたこちらを見るが、僕もこの外人が言っていることは一ミリも分からない。

「呼び出してないんですけど……」

「呼び出してるじゃん! 魔法陣書いたでしょ、それで!」

外人が僕の持っている白線引きを指出す。

「魔法陣……?」

「これ! 白い線の!」

外人が僕が引いた白線を指差す。

「魔法陣が書かれたから俺はここに来たの! 願い事早く言えって」

「願い事って……あなたは誰なんですか?」

「なにそれぇ〜。すごく面倒くさい! 俺は悪魔。見れば分かるじゃない。悪魔だけどいい悪魔よ。願い事叶えてあげる。一個。ペナルティなし。うわぁ〜ラッキー!!! はい、願い事は?」

「いや、悪魔って。それにいきなりそんなこと言われても」

「金とか名誉とかなんかあるだろ! もうおまえ遅いから、ほれ、そこの女の子でもいいよ。なんかないの、願い事。なんでも叶えるよ!」

話を振られた美波さんが「願い事……」と考え込む。

 え、美波さん、もしかして信じてるのかこの外人の言うこと。

 でも、確かに突然現れたしなぁ。

 服装とかも確かに悪魔っぽいし。

 どちらかというとドラキュラだけど。

 銛も持ってるしね。

 銛を持っているところが本物っぽい。

 え、じゃあもしかして本当に叶えてくれるの、願い事?

 だとしたら、どうしようか。

 美波さんと、その……恋人に。

 いやいや。

 願い事でそんなの叶えるってどうなの。

 それがダメだとしたら……。

 あ、そうだこうしよう。

 美波さんはサッカーが好き。

 ということはサッカーがうまくなれば美波さんは僕のことを……うひょひょ。

「あ、じゃあ、サッカーをですね……」

「タケルくんと両思いにしてください!」

「え」

美波さんがそう言うと、悪魔が「はいはい」と面倒くさそうに言った。

 しかしすぐに「ん〜?」と唸って「ダメダメ」と言った。

「もう叶ってるやつはダメだよ。別のにして」

「えっ」

「ったくも〜。ほら、別のやつ! おまえ、何か言いかけたな。なんだっけ。サッカー?」

「いや、もう、それは……」

「あぁじれったいなぁ! なんでもいいじゃん! 十億円とか、不老不死がどうとか! それどうよ」

「いや、そんな、急に言われても」

「急も何も、おまえ、俺がここに来てもう二分経ってるよ!?」

外人、いや悪魔がまだ何か文句を言おうとした時、遠くの方で「美波〜」とクラスの女子が美波さんを呼ぶ声が聞こえた。

「誰それ、不審者〜?」

そんなことを言いながら女子がグラウンドをこちらに駆けて来た瞬間、突然悪魔が消えた。

「え……どこ行った」

 僕と美波さんは消えた悪魔を探す。

 しかしどこにもいない。

「なんで……?」

とつぶやいた僕は、こちらにやってきた女子の靴を見て、その理由が分かった。

 女子の靴に白線の粉がついている。

「あれ、不審者は〜?」

そんな風に不思議がる女子。

 美波さんと目が合った。

 恥ずかしそうに俯いてしまった美波さんを見て、きっと僕も白線の粉を顔に塗りたくりたくなるくらい真っ赤になっているだろうな、と思った。

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