仕送りVR

ショートショート作品
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 お母さんからの仕送りの中に、毎度おなじみのVRデータがあった。

 早速再生してみると、実家の台所が映って、お母さんが現れた。

「美咲〜、元気ー?」

 お母さんはいつでも元気だ。

「元気だよ」と答えるが当然お母さんには聞こえていない。

 お母さんはマイペースで近況を話し続け「じゃあサングラスに切り替えるわね」と言って映像をお母さんのかけたサングラスからのものに切り替えた。

 お母さんの目線で実家の台所が見える。

 と、そこにココアが走ってきた。

 ココアがお母さんの足にじゃれつく。

「あら〜ココちゃん、お姉ちゃんに話してるのが分かるの? いい子ねー」

 お母さんがココアを抱っこする。

 愛らしいココアの顔が目の前に迫ってきて、私も思わず「ココ〜」とお母さんと同じような猫撫で声を出してしまう。

「さてと」とお母さんがココアを降ろしてリビングに向かった。

「はい、あれが休日でダラダラしているお父さんで〜す」

 ソファで寝転んでいるお父さんが「おーい」とこちらに手を振る。

「美咲、もっとこっち帰ってこーい」

 そんなお父さんの声に「はいはい」と独り言で答えた。

「じゃあちょっとココちゃん連れて散歩に出ましょうかねー」

 そう言ってお母さんがココアにリードをつけた。

 お母さんが玄関を開けると見慣れた風景が目の前に広がった。

 大学進学を機に離れた実家になんだかんだ半年帰っていないことに気づく。

 夏休みはあったけど色々あって忙しく、帰れなかったのだ。

 半年という短い時間でも実家の風景をすごく懐かしく感じるから不思議だ。

 お母さんとココアがいつものコースを散歩するVR映像をのんびり眺めた。

 ここのところ課題続きだったからいい癒やしである。

 うちのお母さんは仕送りを送るタイミングがうまいのだ。

 見慣れた風景に癒やされていると、お母さんが誰かを見つけて声をかけた。

「あら、カズく〜ん」

 私はその声と映像に思わず「げっ!」と反応してしまった。

 高校の卒業式の日に告白されて、見事に振ってしまったカズくん。

 お母さんに見つかったカズくんも動揺を隠しきれていない。

 その慌てっぷりに思わず私は笑ってしまった。

「これ、美咲への仕送りなのよー」

 お母さんがサングラスを指差しながらそう言うと、カズくんはますますゲッという顔になった。

「ね、カズくんも何か美咲へのメッセージちょうだい」

 ココアを撫でていたカズくんが「えぇ?」と困惑する。

 そうだよね。

 半年前に振られた女にメッセージなんて、嫌に決まってる。

「お母さん、やめて〜〜」

 私は誰もいない部屋でじたばたと暴れた。

「あぁ……まぁ、じゃあ、頑張れよ」

 カズくんはそれだけ言ってくれた。

「うん……ありがと、カズくん」

 誰もいない部屋で返事をする。

「ありがと! じゃあね〜!」

 一人元気なお母さんはそう言うとまた歩き出した。

 思わず、ふぅっとため息をついた。

 と、その時だった。

「あ、ま、待って!」

 背後からまたカズくんの声が聞こえた。

 お母さんが振り向く。

「ごめんなさい、あと一言」

 カズくんはそう言うと、こちらををじっと見つめた。

「……あまり無理しすぎるなよ。おまえは真面目でなんでもしっかりやろうとするし、周りに合わせて予定とか入れすぎていつも疲れるタイプだから」

 カズくんは、お母さんの前なのにそんなまっすぐなメッセージをくれた。

「ふふふ。さすがカズくんね。美咲のこと分かってる」

 お母さんがそう言うと、さっきのキリッとした雰囲気はどこへやら、カズくんは「あ、まぁそんだけっす」とかなんとか言って逃げるように行ってしまった。

「じゃあ行きましょうね〜」

 お母さんがまたココアと一緒に歩き出す。

 私はさっきのカズくんのメッセージを思い出していた。

 確かにカズくんの言う通りで、なんとなく私は疲れていた。

 大学に入って、授業の大変さはもちろん、周りに合わせる気疲れを感じていたのだ。

 正直私はせっかく大学に入ったのだからもっと勉強をしたかったのだけれど、みんなは遊びの予定ばかり入れてくる。

 そしてそれを断れない私なのだった。

 ……あれ。

 あれれ。

 さっき、優しいメッセージをくれたカズくんの顔が頭から離れなかった。

 心なしか胸のあたりが高鳴っている。

 まさか、遅れてきた恋?

 そんな……たった半年前に振っておいて、そんなのかっこ悪すぎる。

 私はそう動揺したが、でも、さっきのカズくんの姿を思い出す。

 カズくんはお母さんの前できっと恥ずかしかったに違いないのに、頑張ってメッセージを伝えてくれた。

 きっと、半年前のあの告白の時だって。

 そんなカズくんのことが、なんとなく背伸びをしているように感じる大学の同級生よりかっこよく感じた。

 私も、かっこ悪いことをしよう。

 お母さんの仕送りVRへの返事に私は一人暮らしの部屋でお母さんたちへのVRメッセージを撮影した。

 そして最後に「カズくんに見せて欲しい」と言伝して、私は言った。

「カズくん、メッセージありがとう。今度、年末にはそっちに帰るから。そうしたら遊びに行こう。二人で」

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