山車会社

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 私が新入社員として入社した会社は、すごく良い会社だった。

 先輩社員や管理職クラスの人もいい人ばかりだし、就業規則などもきちんと守られている。

 良い会社に入社したなぁと思っていたある日のこと。

 昼休みが終わり、午後の業務を始めようと思っていたら総務の人がやってきて言った。

「明日は社屋祭です。通常業務をやめて、準備をお願いしまーす」

 社屋祭……? なんのことだろう。

 同じフロアの人がみんな「はーい」とのんびりした返事をしてから何やらゴソゴソと準備を始めた。

「風間先輩」

 私は横の席に座っている風間先輩に聞いた。

「あの、社屋祭って……?」

「あれ! 園山さん人事から聞いてない?」

「は、はい」

「そっか。ごめんごめん、俺からも確認しておくべきだったね」

 風間先輩はそう言って自分の手を止め、説明してくれた。

「この会社の社屋はね、元々神社だったんだよ。ほら、中二階に謎のスペースあるでしょ?」

 確かに、二階と三階をつなぐ階段に謎の扉があって、この奥には何があるんだろうなと思っていた。

「この会社があるところには元々神社があって、その社が今でも中二階にそのまま残っているんだ。ほら、この会社ってやたらと柱が多いと思わない? これはね、その社を守る為にこうなっているんだよ」

「へぇ……」

 私はそう言いながらあたりを見渡した。そう言われれば、太い柱が多い建物だよなとは思う。

「社長が信心深い人でね、こんな建物にしたらしいんだけど。それで、明日この社屋を祀るお祭りが開かれるというわけさ」

「あの、準備っていうのは?」

 私たちの周りにいる人たちが、みんな養生テープで個人のラックや共用ロッカーなどに封をしている。

「園山さんは青森県の”立佞武多(たちねぷた)”というものを知ってるかい?」

「いえ、分からないです」

「”ねぶた”は知ってる?」

「はい。あの、大きな人形の山車のやつですよね」

「そうそう。青森県にはねぶたの他にも”ねぷたまつり”というものがあったり”立佞武多祭り”というものがあったりするんだけど、”立佞武多祭り”というお祭りは縦にすごく大きい人形の山車が運行するお祭りなんだけどさ、その立佞武多が出てくる時にビルみたいな建物から山車が発進するんだ。すごい迫力でね。それと同じことを明日やるんだよ。ただし、社屋祭の場合発進するのはビルの建物そのものだけどね」

 風間先輩はそう言って笑った。

「つまりこの社屋全体が山車として運行するんだ。だからロッカーなんかに封をしておくんだよ。そうしないと運行している時に中身が飛び出て大変なことになるからね。今日は忘れ物も厳禁だよ」

 なんと……そんな行事があるとは。

「社屋祭は見に来ても来なくてもどちらでもいいんだけど、せっかくだから園山さんも見に来たらどうかな。俺も来るし」

「はい、ぜひ!」

「よし。じゃあ準備を始めようか」

 私は風間先輩と一緒に養生テープを手に取った。

 翌日、私は社屋祭を見に来た。

 会社にはもう立ち入り禁止になっていたので、会社のそばを走る道路の歩道で風間先輩と落ち合う。

 見慣れない私服姿の風間先輩が、会社の社員専用の鑑賞スペースに案内してくれた。

 歩道には会社の人以外にもたくさんの人だかりができている。このあたりでは有名なお祭りらしい。

「お、もうすぐ始まるよ」

 風間先輩がそう言って社屋の方を指差す。

 すると、威勢の良い掛け声が聞こえてきて、何か巨大なものが動く重苦しい音が聞こえた。

 その時、私が勤める会社の社屋がぐわんと動き、そしてゆっくり道路へと進み出した。

 社屋の下に大きな車輪が二つついていて、その上に社屋が乗っかっている形だ。

 それをたくさんの男の人が掛け声を上げながら押している。

 いつも何気なく通っている会社がまるで巨大なロボットのように前進を開始し、道を進んでいく姿は圧巻だった。

「すごいですね……」

 思わずそんな声を漏らす。

「でしょ?」と風間先輩が笑った。

 そんな社屋祭の凄まじい迫力に圧倒されてから数年後、私は会社を後にした。

 会社のことは相変わらず好きだったのだが、いろいろな分野の勉強を重ねる上で別の会社でやってみたいことを見つけたのである。

 新しい会社でがむしゃらに働いていた私は、人伝にあの風間先輩のいる会社が倒産したことを聞いた。

 私はあまりに驚いてすぐに風間先輩に電話をかけた。

「園山さん、久しぶりだね」

「お久しぶりです。あの……会社のこと、聞きました」

「あぁ、うん」

 風間先輩は会社が倒産した経緯をこう話してくれた。

「園山さんもいつか見た社屋祭がね、今年もあったんだけど、その時に発進した社屋が道の真ん中で崩れてしまってね。会社には社屋を修繕する体力はなかったんだ。神社の社で残っていたものだけは別の場所に移設されて、新しい神社になった。……良い会社だったんだけどねぇ。人が良すぎる会社だから競争に生き残れなかったのかもね」

「そうですか……」

「うん。思えば前の年から兆候はあったんだ。その年も社屋祭があったんだけど、山車としての会社が前進し始めた時、俺は、あれ、おかしいなと思ったんだ。いつもはそんなことないのにね、微妙にだけど、社屋が傾いていたんだよ」

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