釣果、イチ

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 その日は良い天気で、僕は一人、穴場スポットで釣り糸を垂らしていていた。

 休日、僕は大体いつもここでこうして釣りをしている。

 釣果はあったら嬉しいし、別に無くても良いのだ。

 と、その時、浮きが沈み、釣り竿に手応えがあった。

「おぉ!?」

 釣り竿を握った僕はその意外なほどしっかりとした手応えに思わず小型椅子から立ち上がった。

「こ、こりゃ大きいぞ」

 この辺りでそんなに大きい魚が釣れるかなと思いながら僕は釣り竿を握る手に力を込めた。

 すると、バシャッと大きな音を立てて魚がつり上がった。

「……え?」

 つり上がったものを見て僕は思わず呆けた声を上げた。

 それは……人魚だった。

 上半身が女性の姿で下半身が魚の、人魚。

「に、人魚!?」

 思わず叫んだ僕に人魚が笑いかけた。

「乙姫ですぅ」

「お、乙姫様!?」

「はい」

「ご、ごめんなさい! すぐに海に戻します! おじいさんにしないでください!」

 僕がそう言うと、乙姫様はけらけらとおかしそうに笑った。

「しませんよぉ。人間の方とお話しがしたくて釣られたんです」

「……はぁ、お話を……」

「そう。あなた、よくここでぼぉっとしているから。お暇なのかなと思いまして」

「まぁその……はい、暇です」

「それはよかった。もう何百年も人間の方とお話ししていないんですよ。太郎さんとお話ししたっきり」

「太郎……?」

 あぁ、浦島太郎のことか。

「あれ、でも乙姫様って人魚でしたっけ? 人魚姫は別にいたような……」

「あら。普通の人間の姿の方が自然でしたかしら。釣られるなら人魚の格好でと思いましてよ」

 乙姫様はそう言って人魚の体から普通の人間の姿に変身した。

「隣、よろしいかしら?」

 そう言って地面に腰を下ろす乙姫様に慌てて自分の座っていた小型椅子を勧める。

「あまり座り心地は良くないですが」

「あら、太郎様といい、地上の殿方はお優しい方が多いですね」

 乙姫様はそう言ってニッコリ笑った。

 それから乙姫様は僕に色々な話をした。

 おとぎ話でしか知らない乙姫様と話をしているなんて妙な気分である。

 乙姫様は竜宮城の経営に関する話などをしたがり、僕も自分が分かることを話した。

 
「今日は楽しかったですわ。お仕事の話も参考になりました」

「僕も楽しかったです」

「では、そろそろ行きますね」

 乙姫様が椅子から立ち上がり、海に飛び込んでいった。

 気がつくと辺りはすっかり日が落ちていて、僕は釣り道具の片付けを始めた。

 今日の釣果はゼロ。いや、イチか。

 玉手箱でおじいさんになってしまうことはなかったが、何れにせよ時間は忘れさせられてしまったなと思いながら僕は帰路についた。

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