結婚式のお守り

ショートショート作品
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 夫と二人で準備を進めてきた結婚式がようやく終わった。

 幼い頃に夢見ていた結婚式はただひらすら幸せなだけだったけれど、実際にやってみるとそれはそれは大変だった。

 会場選びから招待状作り、余興の決定など。

 やることが山ほどあって、私たちは衝突することなんかもあって、結婚式を前に別れることになるんじゃないかなんて笑えない妄想が頭をよぎったこともあった。

「色々とお世話になりました」

 そうお礼を言った私たちに、コーディネーターさんが「お渡ししたいものがあります」と言って二つのお守りを手渡してくれた。

「これは今日の結婚式の空気をたっぷり吸い込んだお守りです。これからお二人にどんなことがあろうともお二人を守ってくれます。どうぞお持ちください」

 こんな素敵なサプライズをしてくれるなんて、ここで結婚式をあげてよかったねと夫と笑い合った。

 お守りは新居の靴箱の上に飾った。

 そんな結婚式の日から十年ほどの時が流れた。

 私たちはおしどり夫婦とは程遠い二人になった。

 四六時中喧嘩を繰り返し、本当に家を出ようと思ったことも何回かある。

 一晩中夫への恨み言をブツブツ頭の中で考えたりもしたし、離婚届だって書いた。

 それでも二人がまだかろうじて夫婦なのはあのお守りのおかげなのかもしれない。

 だとしたら私たちはあのお守りがなければとっくにダメになっているような二人なのだろうか。

 そう考えたら私は途端にむなしくなった。

 今日もささいなことをきっかけに夫と喧嘩をしてしまった。

 寝室に引っ込んだ夫を追いかける気にもなれず、私はソファの上で考えた。

 お守りがないとダメなら、こんなのもうやめにしたほうがいい。

 あれはお守りじゃなくて、二人を縛る呪いなのかもしれない。

 そう思った私は衝動的にお守りをゴミ箱に捨ててしまった。

 結局その日は寝室には行かなかった。

 ソファの上で目を覚ます。

 夫が勝手にパンなんかを焼いて食べていた。

 おはようも言わない。

 まずい、まもなくゴミ収集車が来る時間だ。

 私は、あのお守りをどうしようかななんて思いながら急いでゴミをまとめようとした。

 しかしなぜかゴミ袋の中が空になっている。

 いや、そうではない。

 ゴミ袋が新しくなっているのだ。

「ゴミならもう捨てといたけど」

 夫がぶっきらぼうに言う。

 私はさっと顔から血の気が引くのを感じた。

「なんで勝手にやるのよ!」

「別にいいだろ。どっちかがやれば」

「嘘っ……!」

 私はそう叫びながら玄関に向かった。

「どうしたんだよ」

 夫が呆れたような声を出す。

「ゴミ袋の中に、お守り、捨てちゃってたの!」

「え?」

「持って行かれちゃう!」

「……もう間に合わないよ。ゴミ収集車さっき行っちゃった」

「え……?」

「今から行ったって間に合わないって」

「……ダメ。ダメ、ダメ、ダメ!」

 私はそう喚きながらサンダルを履いた。

 そんな私に夫が言った。

「捨ててたら、の話だけど」

「え?」

「それ」

 夫が靴箱の上を指差す。

 そこにお守りが二つ、いつもと同じように並べて置いてあった。

「なんで……」

「捨てようとしたら、あったから」

「……なんでよ。捨てる前にゴミなんか見ないでしょ」

「だって。いつもおまえ、寝る前はトイレ行ってすぐ寝るのに、昨日はゴソゴソ玄関で何かやってたから。気になって見てみただけ」

 そう言って夫がリビングに戻っていく。

 私は肩から力が抜けて、よろよろと夫の後をついていった。

「だったら、言ってくれればよかったのに」

「言ったじゃん」

「遅い!」

「遅くない」

「遅い!」

そう夫を非難する私の声は、もう甘えてしまっている。

 夫もそれを察したようで、にやけた表情でこちらを見た。

「私もパン食べる」と私が言うと、夫が「はいはい」と笑ってパンをトースターにセットしてくれた。

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