物忘れパジャマ

ショートショート作品
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 大学の大教室でため息をついていたら同じゼミの藍美が声をかけてくれた。

「どうしたの。目が死んでる」

「いやぁ、なんだか寝覚めが悪くて」

「ふぅん」

「私、いっつも朝、目が覚めると昨日あった嫌なことを思い出しちゃうんだよね」

「何それ! 生きづらくない?」

「生きづらいよ。でもさ、朝起きた瞬間に”あ〜昨日あんな嫌なことがあったなぁ”って思い出したりしない?」

「私はあんまり。一晩寝ちゃうと忘れちゃうし」

「そういう人ほんと羨ましい」

「あ、じゃあこれなんかいいかも」

 藍美がそう言ってスマホの画面を見せてくれる。

「社会人を中心に売れてるらしいけど、あんたも必要なんじゃない、これ」

「ん〜?」

 藍美が見せてくれたのは”物忘れパジャマ”という商品のサイトだった。

 なんでもそのパジャマを着て寝ると、どんなにその日がダメな日でも次の日には悪いことを綺麗さっぱり忘れて目が覚めるらしい。

「怪しいんですけど」

「これ、うちのお姉ちゃんが着てるんだよね」

「マジで?」

「うん。結構いいって言ってたよ」

「ふぅん……」

 私はその時は生返事を返して、すぐにパジャマのことは忘れてしまった。

 大学で授業を受けて家に戻った私はソファでグダグダしている時にさっきの藍美の話を思い出した。

「”物忘れパジャマ”だっけ?」

 スマホでサイトを見た後、SNSで口コミをチェックしてみる。

 すると、このパジャマは今大流行している商品だということが分かった。

 藍美の言うように、仕事をしている社会人が嫌なことを忘れる為にこのパジャマを着て寝ているらしい。

 私がフォローしている読モも愛用しているそうだ。

「へぇ……」

 値段も三千円とそこまで高くない。

 じゃあ買ってみるか、と私はパジャマをカートに入れて注文した。

  翌日。

 届いたパジャマを着てみると、まぁまぁ着心地はいい。

 色は色々あった中で黄色を選んだ。私の好きな色だ。

 模様は普通のストライプ柄で味気ないけど、おかしな模様がついているよりよっぽどいい。

 私はベッドに横になった。

 今日はバイト先でクレーマーのオヤジに難癖つけられて少しくさくさしている。

 でもこのパジャマを来て寝れば明日には忘れているのだろうか?

 私は半信半疑のまま眠りについた。

 翌朝。

 洗面台の前に立った私は、鏡の中に映る自分の姿を見て「あぁそう言えばパジャマを替えたんだった」と思った。

 あれ。

 そういえば昨日、なんだか嫌なことを思い出しながら寝て気がする。

 でも何も覚えていない。

 あえて必死に思い出そうとしても思い出せないのだ。

 私が「なんだっけなぁ」なんて言いながら台所に行くと、お母さんが「何あんた、派手なパジャマねぇ」と笑った。 

 それから私は毎日そのパジャマを着て眠るようになった。

 あのパジャマを着て寝ると、どれだけ嫌なことがあった日でも次の日にはそれを綺麗さっぱり忘れることができた。

「なんか最近明るくなったよね」

 藍美にそう言われたけど、それは私自身も自覚している。

 やっぱり、いい気分で一日を始められるのはいいことだ。

 そして……それが関係しているのかいないのかは分からないが、その日の夕方私は佐々木先輩に呼び出され、いきなり告白された。

 佐々木先輩は私がこの大学に入って一番最初に優しくしてくれた先輩で、密かに思いを寄せていた相手だった。

 もちろん私はすぐにOKし、有頂天で家に帰った。

 翌朝。

 今日はなんだか朝から気分が良くない。なんだか体も重いし。

 小さくため息をつきながら台所に行くと、お母さんが言った。

「あら、あんた今日は珍しく元気ないじゃない」

「そんな日もあるし」

「昨日はあんなに楽しそうだったのに」

「そうだっけ?」

 なんだろう。なんかあったのかな。

 お母さんが用意してくれた朝ごはんを食べようとすると、お母さんが言った。

「ちょっとあんた、パジャマ裏返しに着てるわよ!」

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