人を種にするソファ

ショートショート作品
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 夫の為にソファを買った。

 警察官である夫を少しでも休ませたいと思ったからだ。

 そのソファはただのソファではなく、ある特別な機能がある。

 それは「人を種にする」という機能だ。

 ソファに横になると、体がゆっくりとソファに沈み込んでいく。

 そしてやがて体はすっぽりとソファに包み込まれ、人はその中で種になる。

 種になった人間は外界からの刺激から完全に遮断されて、どんな状況下よりもゆっくりと休むことができる。

 種になると余計なエネルギーを使わなくて済むのでエネルギーが充填されるのだ。

 その人間を起こしたい場合は少量の水をソファに垂らせばいい。

 もちろん自分一人で使う場合は自動的に種から発芽できるアラーム機能もある。

 そのソファは、休日と言えどもゆっくり休めないお母さんやお父さんの為に作られた商品らしい。

 私の夫は警察官ということもあって、休日でもいつも気を張っている。

 そんな夫を無理やりにでも休ませようとこのソファを買ったのだ。

 夫は「いいよ、そんな」と渋っていたけど、無理やり使わせることにした。そうしなければ夫はいつか倒れてしまう。いくら体が頑丈でも、休息は必要だ。

 警察電話が鳴ったらすぐに起こすと約束すると、夫はしぶしぶソファに横になった。

 夫にあこがれている息子の慶太もおとなしく協力してくれた。

 あまり家にいない父親と遊びたいと慶太も思っているに違いないが、それでも夫を休ませる為に協力してくれたのだ。

 慶太は父親の仕事を誇りに思っているらしく、将来は自分も警察官になりたいと言って夫を喜ばせている。

 優しく賢い息子だ。

 
 そうやって半ば無理やり夫を休ませるようにしてから、夫の体調も少しずつ良くなってきたようである。

 真面目すぎる人間はこれくらい強引に休ませるくらいがちょうどいいのかもしれない。

 その日も私は「ほら、休んで」と夫をソファに寝かせた。

「今日は慶太と遊ぼうと思っていたんだけどなぁ」

 夫はブツブツそう言っていたが、当の慶太に「夜に遊んでくれればいいから、ちゃんと休んで」と嗜められていた。

「分かったよ」

 諦めたような表情の夫がソファに沈み込んでいく。

 夫が種になるのを見届けてから、私は洗濯を始め、慶太もおもちゃで遊び始めた。

 少し溜まり気味になってしまった洗濯物を洗濯機に投入していると、リビングの方で物音が聞こえた。

「慶太ー?」

 慶太に声をかけるが、返事がない。

 どうしたんだろうと思いながらリビングに向かうと、そこに目出し帽をつけた男が立っていた。

「おとなしくしろ。動いたらこいつを刺す」

 強盗は慶太に大きなナイフを突きつけながら言った。

 風が通るからと開けっ放しにしていた窓から強盗は侵入してきたようだった。

 私と慶太は強盗に手足を縛られ、ソファの上に座らされた。

 強盗は我が家を我が物顔で歩き回り、金品を物色し始めた。

 怯える慶太を守るように座りながら、私は冷静に対処しなければならない、と自分に言い聞かせた。

 警察官の妻として。慶太の母親として。

 まず考えたのは強盗を刺激してはいけないということだ。

 だから私は強盗から「現金はどこだ」「宝石類はどこにある」「通帳は」などと聞かれる度、全てに正直に答えた。

 さらに必要以上に怯えた声や表情を出さないようにする。それらは強盗を刺激する可能性があるからだ。

 あくまで従順に、強盗に従うよう装った。

 私たちの座らされているソファの中で夫は種になっている。

 そのことを強盗は知らないし、外界からの刺激を遮断され種になっている夫も家に強盗が来ていることには気づけていないはずだ。

 強盗は私が教えた場所をくまなく探し、目当ての品を見つけると大きめのデイバッグにそれを詰めている。

 その時、私の耳に慶太の弱々しい声が聞こえた。

「怖いよ」

 慶太はそう言って震えていた。

 懸命に耐えている息子を見て、張り詰めていた気持ちが一気に揺れ動くのを感じた。

 この子を守る為にはどうすればいいのか。

「おいガキ、なんか言ったか」

 強盗がソファのそばにやってきて、慶太にナイフを向ける。

 私は慶太に覆いかぶされるようにしてから強盗に言った。

「やめてください!」

「黙れ」

「お母さん……」

 慶太が涙を流して私にすがりつこうとする。

 しかし手足が縛られている状態ではそれもままならない。

 怯える息子を抱きしめられない怒りが、今はっきりと強盗に向かうのを感じた。

 ダメ、冷静にならなければ……!

 自分にそう言い聞かせるが、恐怖と怒りがないまぜになる。

 その時だった。

「おい」

 私たちの下から野太い声がした。

 そしてそこから伸びたがっしりとした腕が強盗の太ももを鷲掴みにしている。

「なっ……」

 悲鳴のような声を漏らした強盗がソファから飛び退いた。

 その強盗に対して、ソファから現れた夫は「いい度胸だな」と言いながら自らの上着を脱ぎ、それを相手に向かって広げながら突進した。

 あっ、という間もなく強盗は夫によって拘束された。

 私は落ちていたナイフで手足の拘束を解き、家の電話から110番通報をした。

 慶太の元へ駆け寄り、慶太の手足を縛っているロープを解いた。

 先程まで大粒の涙を流していた慶太は、まるで何事もなかったような顔をして、強盗を簡単に組み敷いた夫を誇らしげに眺めている。

 強盗の手足を縛り上げた夫が慶太の頭を撫でて「よくやった」と笑った。

「うん」と答える息子を見て、私は、この子はもしかしたら警察官よりも俳優に向いているのかもしれないと思った。

 しかし、すぐにそれはどちらでもいいことなのだと思い直す。

 この子がなりたいと思った仕事をしてくれればいい。それがこの子にとっては一番だ。

 そう思いながら私は自慢の息子を抱きしめた。

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