濾過先輩

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 いつも穏やかな先輩が、上司に理不尽な理由で怒られた。

 上司は先輩を恫喝し続けたが、先輩は涼しい顔をして聞いている。

 自席に戻ってきた先輩に「どうしてそんなに落ち着いていられるんですか?」と聞いてみた。

 すると、先輩は不思議そうな顔をして言った。

「何かひどいこと言われてた? 私」

「え、えぇ」

「そっか」

 それから先輩は、ある”秘密”を教えてくれた。

「実はね、私、色々なことを濾過しているの」

「濾過……?」

「そう。どんなにひどい言葉も、濾過すれば水のように透明な言葉になるの。要は、本当に言いたいことだけを抽出してくれるというわけ。さっきのは、みんなにはどう聞こえていたか分からないけど、私には、気をつけろ、と言われただけに聞こえたわ」

 先輩がそう言ってにっこりと微笑む。

 そんなことが本当に可能なのだろうか。

 もしできるとしたら、私も教わりたい……!

 そんな私に先輩はある道場を紹介してくれた。

 そこは「濾過道場」と呼ばれる場所で、先輩のような能力が身につけられるらしい。

 私は道場に通い続け、ひどい恫喝でも「頑張れ」としか聞こえなくなるほどの修行を積んだ。

 師範からは「免許皆伝だ」と言われ、道場を卒業した私は、独学で修行を進めた。

 しかし、どうやら修行をしすぎたらしい。

 今、横で恋人が甘い言葉を囁いてくれているようなのだが、私には

「僕は君に恋愛感情を抱いている」

「君の目や鼻の位置などが好ましい」

 などと、やたら事務的に聞こえてしまうのだ。

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