ビッグバンブリーフケース

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 著名な宇宙物理学者、オリバー博士が研究所に向かっていた。

 その時、博士の持っているブリーフケースの中からおかしな音が鳴り響いた。

 オリバー博士は怪訝な顔をしてブリーフケースを開け、中を確認しようとした。

 しかし、博士がブリーフケースを開けた途端、博士はブリーフケースの中に吸い込まれそうになってしまった。

 博士は慌ててブリーフケースから顔を出し「な、何だ今のは!?」と叫んだ。

 それと同時に、博士は一瞬見ただけの現象が何だったかをその専門分野から理解した。

「ブリーフケースの中が……宇宙になっている」

 信じがたいことだが、それは確かだった。

 博士のブリーフケースの中で何らかの要因によりビックバンが起き、超小型の宇宙が発生したのである。

 そしてその宇宙はどういう理屈か、ブリーフケースの中にとどまっている。

 宇宙の始まるでありビックバンが起きた発生要因は、まだ完全には明らかになっていない。

 よって、このブリーフケースの中でビックバンが起きるという現象は……ありえる話ではある、とオリバー博士は思った。

 いずれにせよ、このブリーフケースをどうするか。それが問題だった。

 オリバー博士は一旦家に帰ることにした。

 家に帰り着いたオリバー博士は「いいか、絶対にバックに触れるんじゃないぞ!」と妻に言った。

「あら、どうしてですか」

「どうしてもだ! いいか、手を触れるな!」

「そんな大きな声を出さなくても」

「いちいちうるさい! いいか、絶対だぞ!」

 そう言い置いてから博士は急いで家を飛び出した。

 金庫を買う必要がある。

 誰の手にも触れない場所にあのブリーフケースを隠すのだ。

 博士は大至急で最高級の金庫を手に入れ、自宅へと舞い戻った。

 自宅へと戻ってきたオリバー博士は妻に声をかけた。

「おーい、これを運ぶのを手伝ってくれ!」

 しかし妻の返事はなかった。

「おーい!」

 オリバー博士はそう言いながら自宅の中を探したが、やはりいない。

 オリバー博士は部屋の様子を見てゾッとした。

 今の今まで妻がそこにいたという感じである。

 だが妻の姿はこつ然と消えていた。

 ……まさか。あのブリーフケースを開けたのではないか。

 そして、あの小宇宙に吸い込まれ……。

 そうだ、彼女は、してはいけないと言われたことをやってしまうような天の邪鬼なところがある。

 えらいことになった……。

 博士は、これからどうすればいいのかを考えた。

 そして博士はある決断を下したのである。
 

 そんな博士の決意から一日の時が経った頃。

 ここはオリバー博士が所属している研究所である。

 研究所では今、大騒ぎが起きていた。

 この研究所では、毎日備品の点検が行われる。

 研究の性質上、危険な薬品などを使うこともあるし、備品の一つ一つが高価だからだ。

 そんな研究所の備品から、あるものが消えていた。

 それは宇宙服一式と小型探索艇である。

 いったい誰がそんなものを持ち出したのか。

 研究所はその犯人探しにてんやわんやの大騒ぎになっていたのである。

 そんな騒ぎの中、一人の女性から研究所に電話がかかってきた。

 電話を受けた研究所の職員は「こんな時になんだよ」という不機嫌さを隠さずに応対した。

 すると女性はこんなことを言った。

「あの、主人はそちらにおりますでしょうか」

 それはオリバー博士夫人からの電話だった。

 オリバー夫人は声に恥じらいをにじませながら言った。

「お恥ずかしながら……主人が帰っていていなくて。最近、ちょっと喧嘩をすることが多くて、昨日もちょっとした言い争いをしてしまい、お灸をすえるつもりで家を出たのですが、戻ってきたら主人がいないんです。そちらにおりますでしょうか?」

 夫人がそんな訳を話していた時、宇宙服一式と小型探索艇を捜索していた職員が一つのメモを発見した。

 宇宙服一式と小型探索艇の貸し出し帳簿にこんなメモが残っていたのである。

「使用者:オリバー博士 用途:妻を探しに」

 そのメモを見た時、職員たちは一体どういうことだ? と首を傾げた。

 しかしオリバー夫人からの電話を受けていた職員だけが合点のいったような顔をした。

 そのメモはオリバー博士のユーモアなのだな、とその職員は考えたのである。

「奥さん」

 職員は言った。

「オリバー博士は間も無く帰られると思いますよ」

 オリバー夫人の安心したような声を聞いて、職員は電話を切った。

 とはいえ、こんなユーモアの為に実際に宇宙服一式と小型探索艇を持ち出した博士には厳罰が必要かもしれないな、とその職員は考えながら、今受けていた電話の内容を他の職員に伝えに行った。

 ここはオリバー博士の自宅である。

 そのキッチンではオリバー夫人が鼻歌を歌いながら博士の帰りを待っていた。

 ドアの鍵は閉め、チェーンロックもしてある。

 博士が帰ってきて、呼び鈴が鳴ったら叱りに行こう。そしてそのあとは一緒にご飯を食べよう。

 夫人はそんなことを考えながら料理を続けていたが、いつまでもその呼び鈴は鳴らないのであった。

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