怪盗夕立ち

ショートショート作品
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 私の住んでいる町には「怪盗夕立ち」が出る。

 夕立ちが降ると町にある何かが一つ盗まれる。

 それは高価なものから安価なものまで様々だった。

 だから私の町の人々は夕立ちが降ると大急ぎで雨戸を閉める。

 そして私たち子供は「雨が止むまでは外にでちゃいけない」と大人に言われるのだ。

 もし外にいる時に夕立ちが降り出したら、大急ぎで家に帰ること。もしそれが無理なら近くの家に飛び込みなさい。

 それが大人たちの教えだった。

「雨に濡れると風邪を引くから雨宿りしろ」というしつけにしちゃいきすぎだと思うが、どうやら大人たちは本当に夕立ちが出ると思っているのだ。

 私だって最初はそりゃそうだと思っていたけれど、さすがに中学生にもなれば虚構と現実の違いくらい分かる。

 怪盗夕立ちなんかいやしない。

 なくなったものは、単になくしたか、それでなければ怪盗夕立ちを隠蓑にしたコソ泥の仕業だろうと考えていた。
 

 その日私は学校が終わった後よっちゃんの家に遊びに行く予定だったのだが、学校のカバンを置いて家を出ようとしたところで夕立ちが降り始めた。

「今日はよしなさい」

 案の定、お母さんにそう言われて私は不機嫌さを隠さずに部屋に戻った。

 せっかくの楽しみな予定をぶち壊されて、私は苛立っていた。

 なんなんだ、怪盗夕立ちって。

 本当にいたらブン殴ってやりたい。

 こんなことは何度もあったが、その日の私は怒りが収まらなかった。

 だから私は、とうとう家の裏口からこっそりと家を出たのだった。

 黄色い傘をさしながら町を歩く。

 怪盗なんているわけない。

 この町の大人はみんなどうかしている。

 よっちゃんちまで歩きながら、私はそんなことを考えていた。

 と、道の途中にきらりと光るものを見つけた。

 なんだろう、と思いながら近づいてみる。

 屈んで見てみると、ただの瓶の蓋だった。

「なぁんだ」

 そう言いながら起き上がろうとした時、傘の向こうに誰かの足が見えた。

 男の人の足だった。

「やぁ、こんにちは」

そう声をかけられた私は、傘を上げて男の人を見た。

 いや、見ようと思った。

 私が傘を上げて前を見ると、そこには誰もいなかった。

「こっちだよ」

 背後から声が聞こえて振り返る。

 誰もいない。

 まさか。本当にいたなんて。

「こんな雨の日にどちらへ? お嬢さん」

「あなた……怪盗夕立ち?」

「私のあだ名ではある」

「なんで、いつも夕立ちの日に出るの?」

「夕立ちは足音をかき消してくれるし、足跡も消してくれる。実に合理的な理由さ。さて、お嬢さん。こんな雨の日に出歩いているなんて、もしかして私に盗んで欲しいのかね?」

「人も盗むの?」

「盗むさ」

「盗まれたらどうなるの」

「ふむ。言っておくが、私は可愛い女の子を攫ったからと言って温かい紅茶でもてなしたりなんかしない。人間はちゃんと金になる。だからしかるべき方法で金にするのさ」

 それを聞いた私は、情けないことに震え上がってしまった。

 これは、きっと冗談なんかじゃない。

「ずいぶん震えているな。恐ろしいかい」

「あの……盗まないで、ください」

「こんなすごい夕立の日に怪盗が出張ってきたんだ。手ぶらで帰るわけにはいかない。君自身が嫌だというなら……何かそれ相応のものを盗ませてもらおう」

 怪盗はそう言ったが、私は何も持っていない。

 よっちゃんの家に行くだけのつもりだったから財布も持っていなかった。

 高価なものなんて、何もない。

 しいて言うなら……お母さんにもらったネックレスがあった。

 どれくらいの値段かは知らないが、お母さんが中学校のお祝いにくれたものだ。

 そのネックレスは私にとってとても大切なものだった。

 でも……仕方がない。私が悪いんだ。

 私は震える手でネックレスを握って、見えない怪盗に差し出した。

 その時、頭上から怪盗の声が聞こえた。

「これをもらっていこう。欲しかったんだ」

 瞬間、私の持っていた黄色い傘がふわりと浮いた。

 そして傘はそのまま夕立の降る空をくるくると飛んで行った。

 傘を盗まれた私は、ずぶ濡れのまま走った。

 家に帰ろうかとも思ったが、もうよっちゃんの家まではすぐそこだった。

 よっちゃんの家につくとみんなびっくりしていた。

 私は電話を貸してもらって家に電話をかけた。

 お母さんに電話で怒られた私は、よっちゃんの家に泊めてもらうことになった。

 みんな、怪盗夕立ちがもう今回の盗みを終えていることを知らなかったからだ。

 よっちゃんのおばさんが私の為にお風呂を沸かしてくれた。

 友達の家のお風呂はちょっと居心地が悪かったけど、でも、とても温かかった。

 そんな出来事があったから、私はもう夕立ちに出かけることはしない。

 しかし、家にいる時に夕立ちが降ると、私は窓辺に座って外を眺める。

 雨の線が走る外を眺めながら、夕立ちは今日何を盗むのだろうかと想像した。

 そうやって外を眺めていると、空を猛烈なスピードで飛んでいく黄色い傘を見かけることがある。

 夕立ちは、本当にあの傘が欲しかったらしい。

 気に入ってくれているのは嬉しいが、そのうち怪盗夕立ちは「怪盗黄色傘」と改名されてしまうのではないか、と心配している。

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