メモ魔の悪魔

ショートショート作品
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「君、悪魔にならないかい」

 僕が学校の屋上でさっきクラスメイトから聞いた雑学をメモに書き起こしていると、そんな声が聞こえた。

「えっ」

 僕がそう言いながら顔をあげると、目の前に悪魔が立っていた。

 なんというか、わりとミニサイズの悪魔。

 小学生くらいの可愛らしい悪魔が言った。

「君は素質がありそうなんだよ。やってみる気はないかい?」

「いや、悪魔って……」

「あぁ、安心して。悪魔と言っても、おそらく君が考えているようなものじゃない。メモ魔だよ」

そう言って悪魔は僕の手元にあるメモ帳を指差した。

「君はなんでもかんでもメモを取る。そうだろう?」

「そうだけど……」

「つまり、君はすでに立派なメモ魔なわけだ」

「そうかもしれないけど、悪魔ではないよ」

「うんうん、そうだな。なにしろメモ魔はこの私だからだ」

小学生くらいの悪魔がそう言って自分を指差す。

「魔王様になんの悪魔になりたいか聞かれて、私はメモ魔になったんだ」

「なんでまた……」

「うむ。今では私もそう思っているよ。まぁ、魔が差したというやつだな。それで、私はメモ魔をやめようと思うんだよ」

「やめる? 悪魔ってやめられるものなの」

「あぁ、正確には転職というところかな。メモ魔とは別の悪魔になろうと思っている」

「別のって、なんの」

「キス魔だ」

「キス魔!?」

スケールがまるで変わってないじゃないか。

「キス魔になって色々な人間をキス大好き人間にしてやろうと思ってな」

  前言撤回。中々に恐ろしいかも。

「それで、悪魔は一つの役目しか背負えないのだ。そこで君にメモ魔になってもらいたい」

「いや、だから僕は……」

「あー、安心してくれ。悪魔になったからといって君にデメリットはない。君は人間のままだし、今まで通りメモもしてくれてよい。ただ、君がメモ魔にしたいと思った人間をメモ魔にする能力だけ付与される」

「そんな都合の良い話が」

「ある、というか普通の人間にとっては都合よくないんだよ。でも君は元々メモが大好きだろう? だからメモ魔になってもらっても不都合はないはずだ。能力は使わなくてもいいんだ。な、この通り! メモ魔を誰かに継承しないとキス魔になれないんだよぅ」

 悪魔がそう言って僕に土下座をする。

「そんなこと言ったって……」

「お願いお願い! もし嘘だったら神に告げ口していいからさぁ」

どうやってするのだ。

「頼む! 一生のお願い!」

 一生のお願いって……悪魔の一生ってかなり長いのではないか。

「本当にデメリットはないの?」

「ないない! ただの人間におかしな能力が付与されるだけ! メモ魔なんてぶっちゃけかなりどうでもいい悪魔だから、魔王様に何か言われる事もないからさぁ」

 そんなことを言って、手をパンっと合わせる悪魔がだんだん不憫に思えてきた。

「まぁ……だったらいいけど」

「ほんと!? ありがと!」

悪魔はそう言って僕を、持っていた銛のようなもので突いた。

 行動が早すぎる!

「はい、これで君はメモ魔になったよ。じゃ、私はキス魔になってくるから! バーイ」

 そう言って悪魔はふっと姿を消した。

 悪魔の言った通り、僕には特に何も変化が起きなかった。

 本当にメモ魔になったのかいな、なんて呑気なことを考えながら、僕は屋上でメモの続きを書いた。

 さて、「人をメモ魔にする」なんてよく分からない能力でも、付与されたら使いたいと思うのが人情というもので、僕はクラスメイトの高橋をメモ魔にしてみることにした。

 だが、そういえばやり方を教わってなかったので、僕は適当に「メモ魔になれ!」と言って高橋の頭を軽く叩いた。

「なんだよぉ!」と抗議をしてきた高橋に謝る。

 すると、高橋はノートの切れ端に何やらメモをし始めた。

「何書いてるの」

「なんとなく。友達にふるわれた理不尽な暴力についてメモっておこうかなって」

 高橋はそんなことを言ってメモを書いた。

 高橋の様子をその後も観察していると、なるほど、確かに高橋はメモ魔になったようだ。

 教室、廊下、下校路、あらゆる場所でメモをとっている高橋の姿を見かけた。

 そして意外な副作用として、高橋の勉強の成績が飛躍的にアップした。

 もしかしたら、授業中にちゃんとメモ、もといノートを取るようになったからかもしれない。

 勉強を頑張りたい人には、メモ魔の能力を付与してあげるのもいいかもしれない。

 こうして僕はメモ魔の悪魔になったのだが、元々がメモ魔なので、あの悪魔の言うとおりあまり実害はなかった。

 そして、大人になっていわゆる「キス魔」と呼ばれる人を見るとあいつの仕業かなぁなんて、一人思ったのだった。

 そんな風に生きてきた僕だったが、メモ魔というどうでもいいものだとは言え、自分が悪魔であることが重くのしかかる出来事があった。

 その時結婚を考えていた女性に、僕は自分で悪魔であることを打ち明けなければならない、と思っていた。

 悪魔であることを信じてもらえるかは分からないが、言わねばなるまい。

 なぜなら、もしこの女性と結婚して子供を授かったとしたら、その子はもしかしたら僕の悪魔としての資質を受け継いでしまうかもしれないのだ。

「話したい事がある」

 僕はそう彼女を呼び出して、自分が悪魔であることを告白した。

 そして、それがもしかしたら子に悪影響を及ぼすかもしれないことを。

 すると彼女はあはは、と笑い「悪魔っていってもメモ魔でしょ?」と答えた。

「いや、でもね。そうは言っても、悪魔は悪魔だ」

「安心して。私たちに子供が生まれるとしたら、それは悪魔じゃない。天使よ」

 そう言って僕の不安を吹き飛ばしてくれた彼女と、僕は結婚した。

 そして彼女は、その宣言通り天使のように可愛い男の子を出産した。

「言ったでしょ?」

そう言って笑う彼女に、僕は涙でボロボロになった顔でうなずいた。

 僕が心配したようなことは何もなく、僕らの天使はすくすくと大きくなっていった。

 しかし、彼はやはり悪魔の資質も持っているな、とも思う。

 初めての誕生日プレゼントに「メモ帳と鉛筆が欲しい」とねだる保育園児は、彼以外にはいないだろう。

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