私は患者の男性を施設に招き入れた。
男性はおよそ病院には見えないここを不思議そうな目で見ている。
ここに来た患者はみんなそんな顔をする。
「ではさっそく始めましょうか」
私は男性に語りかけた。
この男性のかかりつけ医から引き継ぎは受けている。
彼は現在記憶喪失の状態にあり、あらゆる医学的方法で彼の記憶復元を行おうとしたが、全て効果がなかったという。
そこで私の出番というわけだ。
「まずは服を着替えていただきます」
「はぁ……」
不思議がる男性に私はオーソドックスなスーツを手渡した。
スーツに着替えてもらい、オフィスのセットに案内する。
「何か思い出しますか」
この施設では、様々な種類の服を着てもらい、記憶の復元を行う。
いつも着ていた服を着て、いつもいたようなシチュエーションに置かれることで記憶の復元が誘発されるのだ。
すでに何例も成功例が出ている。
この場所は通常は映画のセットとして使われている場所で、様々なシチュエーションを体感できるのだ。
「ちょっとダメみたいです……」
男性が力なくつぶやく。
ふむ、この国で最も人口の多い会社員は違うか。
落胆している様子の男性に「問題ないです、どんどん行きましょう」と声をかけて、私は次々に衣装を取り出した。
警察官や消防士、パイロットなど。
はては体つきからは考えにくいが力士のまわしなどもつけてもらい、土俵に立ってもらう。
あらゆる職業の考えられる服装を身に着けてもらうが、どうやら効果がなかったようだ。
「すみません……」
そう謝る男性に「謝らないでください」と言った。
患者が謝る理由なんてどこにもない。私は自分の力量不足を感じた。
もし男性が在宅ワーク中心の仕事をしていたら私服が一番身近な服装ということになるのだが、その場合、ここに来るまでに着ていたものでひらめかないと記憶の復元は難しいのだ。
この年代の男性が着ていそうな服をかたっぱしから着てもらうか……。
その時、私の頭にはっとひらめくものがあった。
もしかして。
「こちらへ」
私は男性を案内した。
そこは何の変哲もない部屋である。
強いていえば、男性の部屋、という感じである。
私は男性を部屋に残して、部屋を出た。
外にあるマイクから男性に指示をする。
「室内の様子は見えておりませんので、そちらで服をお脱ぎください」
「え? あ、はい……。脱ぎました」
「下着も脱ぎましたか?」
「え?」
「すべて脱いでください」
私がそう指示をすると、やがて室内から「あ!」と大声がした。
「お……思い出しました!」
やはり。
「それでは服を着ていただいて構いませんよ」
男性が服を着た後、私は室内に入り「よかったです」と声をかけた。
男性が満面の笑みで「ありがとうございます」と言ってくれる。
この瞬間がこの仕事をしていて一番幸福な瞬間だ。
私は仕事の出来に満足して家に帰った。
家に着いた私は服を全て脱いだ。
彼も私と同じ人種だった。
一定数いるのだ、私たちのような人間が。
家では常に裸で過ごす私たちは、世間では「裸族」なんて言われているのである。
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