仮病の達人

ショートショート作品
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 僕は今リビングでテレビを見ていた。

 画面に弟が映っている。

 有名なドキュメント番組だ。

 その題名は「仮病の達人」となっている。

 弟は人に仮病の使い方を教える仕事をしているのだ。

 弟が「自発的発熱法」という方法について画面の中で解説している。

「自律神経を操作して熱を出すんです」

 インタビュアーが感心して話を聞いている。

 発熱法の次に弟が説明したのは「声枯れ法」というものだった。

「声帯を操作することで……」

 仮病のいろはを説明し終えた弟は画面の中でこんなことを言った。

「人、特に日本人は休まない傾向にあります。休まないで体を壊してしまう人のなんと多いことか。だから私は休む方法を教えるんです。現代人に必要な力ですよ」

 そう力説する弟を、僕は誇らしい気持ちで見つめた。

 インタビュアーは弟に、今の仕事のルーツについて尋ねた。

 すると弟は意外なことを言った。

「兄ですね。兄のおかげで今の仕事ができています」

 驚いた。

 弟の口からそんなことを聞くのは初めてだったからだ。

「私、昔は真逆の性格で、休むのが下手だったんです。生真面目すぎる、というか。そんな時、兄が”おまえは真面目すぎるからたまには仮病を使って休め。休むことも生きる上で大切だ”と教えてくれたんです。兄は体温計を電球に触れさせるというアナログな方法を教えてくれました」

 そう言って画面の中の弟が微笑んだ。

 僕も同じように笑う。

 そう言えば、そんなこともあったな。

 昔を思い出していたら涙が滲んでしまった。

「あ、パパ泣いてるー!」

 下の娘が僕の涙を見てはやし立てる。

 すると上の娘が「嘘泣きだよ。騙されないもん」と言った。

 そう、僕の仕事は俳優だ。

 弟の仮病といい、自分で言うのもなんだが演技力のある兄弟なのだ。

 下の娘は「なぁんだ」と、もう興味なさそうにしている。

 今では、見分けられるのは妻だけである。

 妻が微笑むのを見て、僕も微笑み返した。

 僕はもう一度テレビに目を向けたが、本当の涙は画面をにじませて、弟の姿をうまく見せてくれなかった。

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