ドレスコードのある町

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 僕はため息をつきながら受話器を置いた。

「はぁ〜」

 隣の席の高橋先輩が僕の方を見て言う。

「今日はなんだって?」

「和服、らしいです」

 僕が今電話をかけていたのは、佐藤さんという女性のお宅だったのだが、佐藤さんの住んでいる町はおかしな営業先なのである。

 佐藤さんの住む町には、ドレスコードがある。

 毎日、今日は和服、今日はスーツ、今日はスポーツシャツなどとドレスコードが決まっていて、それ以外の服を着て町を歩くと大変なことになるらしい。

「とりあえず行ってきます」

 僕は営業車を走らせて、衣装のレンタルショップに向かった。

 映画の撮影などで使う衣装を貸し出している店だ。

 そこで僕は和服を借りた。

 その姿のまま車に戻って佐藤さんの町に向かう。

 町に入る前に車を降りた。

 佐藤さんの住む町にはコインパーキングがないので、仕方がない。

 町に向かって歩く。

 町に入る時はいつも緊張した。

 町の入り口に警報機があるからである。

 ドレスコードを破ってここを通ると、警報機が鳴るらしい。

 町に足を踏み入れると、和服の人がたくさん歩いていた。

 やぁ、やっぱり女性の着物姿はいいなぁなんて浮かれた気分になる。
 


 佐藤さんのお宅に着くと、佐藤さんもやっぱり着物を着ていた。


 佐藤さんは五十代前半くらいのご婦人である。

 息子さんがいたらしいが、すでに独り立ちをして町を出ているそうだ。

 僕は前に佐藤さんに聞いたことがある。

「ドレスコードがあるのって、不便じゃないですか? 出ていこうとは思わなかったのですか」

 すると佐藤さんは笑ってこう答えた。

「私たちにあてがわれた場所ですから」

 佐藤さんや他の皆さんもこの町にはかなり古くから住んでいるらしい。

 佐藤さんによると、この町に訪問営業にやってくるのは僕の会社くらいなのだそうだ。

 みんな気味悪がって町に近づかないらしい。

 僕としては営業するときちんと物が売れるこの町を気に入っているのだが。

 佐藤さんは僕の前の担当者の時代から、その日のドレスコードを事前に教えてくれる色んな意味でありがたいお得意様だ。

 今日も僕は自信を持って自社製品を営業した。

 佐藤さんの家で一個、他のお宅で何個も商品が売れて、僕は上機嫌で帰ろうとした。

 その時、ふと、そういえば明日は”あの日”だな、と思った。

 第三水曜日。

 いつも、なぜか必ず佐藤さんが「今日はダメ」という日。

 その日のドレスコードはどんなものなのだろう。

 気になった僕は、一度町の外に出て食料や水などを買い込んでから、町の中で死角になっている部分に身を潜めた。

 本当は車にいることができればそれが一番いいのだが、あいにく停めるところがないので仕方がない。

 僕は会社に連絡を入れて直帰すると伝えてから、単純な好奇心を抱えてじっとその場に身を潜めた。

 はっと目を覚ます。

 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 僕は一層身を低くしてから、町の往来を覗き込んだ。

 みんなどんな服を着ているのだろう?

 ワクワクした気持ちで道を見ると、町を行き交う人々は普通の服を着ていた。

 ごくありふれた私服である。

 僕と同じように和服を着ている人もいた。

 なぁんだ。

 と、お隣のご婦人と話をしている佐藤さんを見つけた。

 僕は出ていって、佐藤さんに「こんにちは」と声をかけた。

 すると振り返った佐藤さんが「あら、宮本さん、今日はダメなのよ」と言った。

「えぇ、そうでしたよね。でも、皆さん普通の私服で……」

 僕がそう言いかけた時、どこからかバリバリっと何かが裂けるような音が聞こえてきた。

「今日はダメって言ってあったでしょう」

 そう言った佐藤さんの顔が中央部分から真っ二つに裂け、中から異形の者が顔を出した。

 ぬめりと湿った茶色い化け物。

 その化け物が僕の目の前でゆらゆらと揺れて、その拍子に僕が佐藤さんと呼んでいた”服”を脱ぎ捨てた。

「あ……あ……」

 恐ろしさのあまり動けない僕の後方で、けたたましい警報音が鳴り響いた。

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