交差点の侵食

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 僕の家は交差点の角に立っている。

 川沿いを走る国道のT字路の一角が我が家なのだが、どうも僕はこの交差点に違和感を覚えている。

 この交差点、僕がまだ幼い頃からずっとあるわけだけれど、どうも少しずつ大きくなってきている気がするのだ。

 僕の体の成長がそう錯覚させるのかと思ったが、そうであれば交差点は”小さく”見えるはずである。

 だけれど、交差点は小さく見えるどころか微かに大きくなっている、そんな気がするのだ。

 僕がそのことを母親に告げると、母親は「あんたは昔から細かいからね」と笑うのだが、この異変に気づいているのは僕だけなのだろうか。

 それとも母の言う通りそれは気のせいなのだろうか。

 僕はそんな違和感を覚えつつ少しずつ大きくなり、高校の修学旅行に参加した。

 そして三泊四日の旅行から帰ってきた僕は思わず悲鳴を上げそうになった。

 この三日間の間に交差点がさらに大きくなっている。

「ねぇ!」

 僕は両親にそう訴えたが、やはり両親は「別に変わらないだろぉ」なんて呑気な返事をするだけで取り合ってくれないのだった。

 この交差点の異変には、一度通る人は当然気づかない。

 一方で、いつも通る人やこの近くに住んでいる人は毎日ちょっとずつ広がっている交差点の変化に気付くことができないのだ。

 僕は交差点に恐怖を覚えながら、大学進学を機に家を出ることになった。

 しばらくは大学の楽しい生活でぼんやりとしていたのだが、帰省で実家に帰ってみると、もう交差点問題は取り返しのつかないことになっていた。

 とうとう、交差点が家の間際まで迫ってきているのである。

 あったはずの歩道すらない。

 これは確実に異常なのだが、僕が「なんで気づかないんだよ!?」と声を荒げても両親は「歩道なんかあったっけぇ」などと呆けているのだ。

 僕は両親の危機を感じて、父親に言った。

「頼む、親父。この家を引っ越してくれ。何かあってからじゃ遅いんだ」

「何言ってるんだよおまえ」

「親父。信じてくれ。俺が嘘を言ったことがあったか?」

 僕がほとんど泣きながらそう訴えると、父親はようやく引越しをしてくれることになった。

 だがそれは”期間限定”という煮え切らない態度で、父も母もしばらくしたらこの家に戻ってくるつもりだったらしい。

 それでもいい。この地を離れればあるいは両親も異常に気がついてくれるかもしれないのだ。

 両親の説得を終えた僕は、近所のよしみで、交差点の向かいに住んでいる佐藤さんや隣人の遠山さんらにも「引越しを考えた方がいい」と伝えた。

 しかしみんな不思議そうな顔をするばかりで、交差点の異常にまったく気がついていない。

 僕はもう、ここまでくると自分が狂ってしまったのかもしれないと思った。

 あれから一年。

 両親が「久しぶりに実家に帰ってみるよ」と言うので僕も同席した。

 最寄駅からタクシーで実家に戻った僕は実家を見て驚いた。

 とうとう交差点に侵食され、家屋がペラペラになっていたのである。

 僕は両親に言った。

「これでもおかしくないって言うのかい」

 すると両親はぽかんと口を開けながら「こりゃ驚いた……」とつぶやいた。

 両親はまさかこんなことになると思っていなかったらしく「アルバムが……」「思い出のタンスが」などとつぶやいている。

「こんなこともあろうかと、僕が運び出しておいたよ。トランクルームに全部ある」

「本当か!? ありがとう、ありがとう」

 僕たちがそんな会話をしていると、後ろから声をかけられた。

「あら、鈴木さん。しばらく」

 それはお向かいの佐藤さんの声だった。

 僕たちが振り向くと、僕らの家と同じようにペラペラになった佐藤さんの家から、ペラペラの佐藤さんが……。

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