薄い隣人

ショートショート作品
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「え、なにここ。めっちゃいいですね!」

俺は部屋に入った瞬間、ここだな、と思った。

ここに来る前に不動産屋に紹介された物件はどこもなんとな〜くイマイチで、今日もまた部屋は決まらないかなぁと思っていた。

しかし不動産屋は隠し球を持っていたのだ。

「ここ! ここ、絶対いいですって。なんでここ早く紹介してくれなかったんですか〜」

「いや……まぁ〜……ここは、そっすね」

歯切れの悪い不動産屋を急かし、俺はようやく一人暮らしの部屋を決めた。

「隣人トラブルには注意してくださいね」とか言われたけど、気をつけるも何も、ここは角部屋で隣の部屋は空き部屋だから、トラブルなんか起きようがない。

まぁ、隣に誰か引っ越してきたらその時は気をつけるとしよう。

この部屋は住んでみてもなんの問題もない、快適な部屋だった。

コンビニは近いし、駅にも近いし、職場にも近い。家賃もこのあたりの相場に比べるとかなり安い。

言うことなし。

掘り出し物を見つけたもんだ。

この部屋に引っ越して一ヶ月ほど経った頃。

夜、俺が寝ていると「ううう……」という唸り声が隣の部屋から聞こえた。

一瞬ドキッとしたけれど、一週間くらい前に引っ越してきた住人の声だろうと思って俺はそのまま寝ることにした。

「ううううううううううううううう」

唸り声がさらに大きくなった。

こりゃたまらない。

壁をドンッと叩いた。

「ううううううううううううううう」

唸り声はやまない。

「おい! 静かにしろ!」

俺は叫んだ。

唸り声はぴたりと止んだ。

次の日、会社の帰りにたまたま隣人と廊下で顔を合わせたので、

「あのさ、夜中に唸るの、あれやめてくんね? 仕事で朝早いんだよ」

と注意をした。

すると隣人はみるみる顔色を変えて

「いや、そりゃあんたでしょ! こっちがよっぽど注意しようと思ってたんだ」

と詰め寄ってきた。

どういうことだ……?

その夜も、夜中に唸り声が聞こえてきたので、俺はまた壁を殴った。

すると隣人も殴り返してくる。

俺は寝巻きのまま玄関を飛び出した。

と、隣人も飛び出してくる。

「おまえなぁっ……!」

「あんた、唸り声止めろって言ったろ!」

「……は?」

どうも話が噛み合わない。

隣人は唸り声なんてあげていないらしい。もちろん俺もだ。

翌日、不動産屋に電話をかけてみた。

昨日あったことを話すと、不動産屋は少しため息をついて説明を始めた。

不動産屋の話をまとめると、こうだ。

あのマンションができたのは五年前なのだが、マンションを作る工事中に作業員が死亡する事故があったそうだ。

その作業員は重機と重機の間に挟まれ、ぺしゃんこになって死んだらしい。

その事故現場が俺と隣人の部屋を隔てる壁の部分だったそうだ。

そんな事故があったが、あのマンションはなんとか完成までこぎつけたらしい。
だが、あの部屋と隣人の部屋にだけは人が入ってもすぐに出て行ってしまうらしかった。

その話を聞いた俺は、隣人にもそのことを伝え、早々に引っ越したのだった。

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