ハッキングカー

ショートショート作品
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「行ってくるよ」

妻と娘に声をかけて家を出た。

家の前に停めてある車に乗り込む。

「頼むよ」

そう声をかけると車は自動的に起動し、会社までの道を走り始めた。

自動運転が普及して、もうだいぶ経つ。

普段ならここで早朝の連絡業務を行うところだが、どうも最近さすがに働きすぎのようなので私は会社までの道中、車の中で仮眠を取ることにした。

「会社に着いたら起こしてくれ」

そう言うと車は「承知しました」と礼儀正しい声で答えた。

「……ん?」

なんだか随分寝たような感触がある。

会社まではせいぜい30分程度の道のりなのに……。

「何!?」

体を起こしてみて驚いた。

そこは会社の駐車場ではなく、なんと、海だった。

時計を見ると、仮眠を取ろうと車の後部座席で横になってから実に二時間もの時間が過ぎていた。

「なんだ、おい! どうしたんだ!」

車にそう尋ねるが、返答はない。

代わりに車の基幹システムを表示するディスプレイに「emergency」という文字が表示されていた。

何か緊急事態が起きた時の表示だ。

ディスプレイを操作してみると、どうやら自動経路システムがハッキングに合ったことが分かった。

解析ソフトの報告によると、ハッキング元は……。

「……うちの、会社……?」

なんとハッキングを仕掛けたのは私の経営する会社であることが分かった。

どういうことかと考えているとディスプレイにメッセージが現れた。

そこには社員たちからのメッセージが表示されており、普段働きすぎる私の為に車の自動運転システムのハッキングを行い、私をここに連れてきたことが綴られていた。

私は慌てて車のシステムを操作してみたが、自動運転システムは回復せず、マニュアル運転にも切り替えられない。

「やられた……」

私はそうつぶやいて、車から降りた。

無人タクシーを手配して会社に行くことはできる。

だが……。

「まぁ、たまには悪くないか」

目の前に広がる海が私をそんな気分にさせる。

私は背広を脱いで砂浜に向かった。

社員たちが私のことを気遣って用意してくれた休日。

たまにはしっかりと休むか。

そう思ったのに、いつしか私は無意識のうちに今後のビジネスプランに関する図を砂浜にガリガリと書いていた。

「いかんいかん」

これでは休日にならないな、と私は砂浜に大の字に寝転がった。

「……あなた……あなた」

そんな声に目を覚ます。

目の前に妻が立っていた。

「おまえ、どうしたんだ?」

「さぁ……よく分からないんですけど、買い物に出ようと車に乗ったらここに連れてこられて……」

困惑している妻の乗ってきた車を調べると、やはり私の車と同じく社員たちによりハッキングされ、ここに連れてこられたことが分かった。

事の経緯を伝えると、妻は「あらまぁ」と言って笑い、「じゃあ今日はゆっくりしちゃお」と靴を脱いで砂浜を歩き始めた。

それから私と妻は、いつ以来ともしれぬ二人の時間を楽しんだ。

そして、夕方になり、いい加減そろそろ家に帰ろうかと思っているとまた新しい車が海にたどり着いた。

車の中から、娘の顔がのぞく。

「学校から家に戻ろうと思ったらここについちゃった」

確認すると、やはり社員たちの仕業だった。

「よし、じゃあ久しぶりにみんなで一緒にご飯を食べよう」

私はそう言うと妻と娘を海際のレストランに誘った。

新鮮な魚介を使った料理を出す店で、私は久しぶりに家族みんなで取る食事を十分に楽しむことができた。

数ヶ月後。

私はいつもより早く会社にたどり着くと、自分のデスクで端末を操作した。

「来てる来てる」

誰もいない社内で、子供みたいなはしゃぎ声を出す。

いつもは私より早く出勤している社員数名から、緊急メッセージが入っている。

「温泉に着いた」

「実家に戻ってしまった」

昨日までに私が徹底的にリサーチし尽くした場所へそれぞれの社員を送り届けた車は、もう動かない。

中には「車が動かない」というメッセージをよこしている社員もいる。”家でゆっくりしたい”と言っていた社員だ。

各取引先へは今日は社休日にすることを秘密裏に伝えてある。

続々と届く社員からの緊急メッセージを見て私はほくそ笑む。

社長は怒らせると怖いのだ。

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