線香寺

ショートショート作品
スポンサーリンク

近所に「線香寺(せんこうじ)」というお寺がある。

このお寺では、ある年に一風変わったカウントダウンが行われる。

今年はそのカウントダウンが行われる年だ。

線香寺には「線火楼(せんびろう)」という場所があって、普通の寺であれば鐘が飾られている場所に巨大な線香花火が祀られている。

鐘と同じくらいの大きさの線香花火が火花を散らしている様子は夜などに見るととても綺麗だ。

線香寺の線香花火は毎年新年の始まりに火が灯され、一年中火花を散らせる。

そして大晦日にその火を落とし、翌年の線香花火に火を受け継ぐのだ。

だが、自然災害などが多い年にはその火が一年の終わりを待たずに落ちてしまうことがある。

その場合、線火楼に設置された「受け釜」という窯に火が落ちて、その火に厄払いをしたいものを投げ入れる祈祷が行われる。

火が落ちないまま年越しを迎えた場合は、カウントダウンに合わせて参拝客が線香花火の火に向かって願い事をすることで火を落とす。

火が落ちる先には来年用の線香花火が設置されており、安寧の火が受け継がれることで次の年も平穏無事に送ることができるとされているのだ。

大晦日に火が落ちずにそのまま鎮火してしまうこともあるが、参拝客の願いが多ければ多いほど火落としの成功確率は上がるとされている。

今年は線香寺の火が年の途中で落ちることもなく、大晦日の今日、線香寺では火落としが行われる。

線火楼に灯った線香花火の火は今、小さな火花を散らす「散り菊」の状態を迎えている。

線香寺の線香花火は普通の線香花火と同じように一年を通して四つの姿に変化する。

まず一年の初めに火が灯ると酸素を取り込んで火球が出来、「牡丹」と呼ばれる状態になる。

次第にその火球から激しく火花が散る「松葉」となり、それが落ち着くと柳の枝のような火花を散らす「柳」となる。

そして最後には「散り菊」となって、一年の終わりを迎える。

僕はこの「散り菊」になった線香寺の線香花火を見ながら、いつもその年のことを思い出す。

年によっては、年の途中で火が落ちて受け釜に火が灯っているのを見て「大変な一年だった」と振り返ることもある。

年越しが近づき、線香寺の線火楼はにわかに活気付いてくる。

寺の住職が火落としの説明をして参拝客は各々に願う願い事を決める。

僕も前から決めていた願い事を胸の中で反芻した。

そして、ついにカウントダウンの時がやってきた。

一分前から始まったカウントダウンに合わせて、参拝客が口々に願い事を叫ぶ。

本当は実際に口に出して願い事を言った方が火落としは成功しやすいのだが、願い事を叫ぶのが恥ずかしい人は胸の中で唱えるだけでもいいとされている。

子供たちが元気よく願い事を口にするのを聞きながら、僕は胸の内で願い事を繰り返し願った。

まもなく年を越そうという頃、火球が小さくなってきた。このままでは火が落ちずに鎮火してしまうかもしれない。

参拝客が残る力を振り絞って願い事を叫ぶ。

しかし火は落ちない。

残り五秒となった時、僕は思わず叫んだ。

「隣にいる人と付き合えますように!」

たまたま参拝客が息を吸い込む瞬間だったのか、 僕がそう叫んだ瞬間周りが静かになり、僕の願い事が境内に響いた。

「0」のカウントダウンと同時にあたりは笑い声に包まれ、その瞬間、線香花火から火が落ちた。

新しい線香花火に火が灯り、寺の係の人が慌ただしく線香花火の入れ替え作業をしている。

僕は近くにいたおじさんに「あけましておめでとう。兄ちゃん、頑張れよ」と肩を叩かれた。

僕が真っ赤な顔で隣にいる幼馴染の女の子を見ると、彼女も同じように顔を赤くして俯いている。

胸が火が灯ったように熱くなってくる。

僕は、この熱さが長く続く熱さになればいいなと思って、彼女と二人、寺を後にした。

コメント

タイトルとURLをコピーしました