キャンバスの落ち葉

ショートショート作品
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 ある日、私が駅に向かって歩いていると、木の根元にある落ち葉が丸を描いていた。

 あんまり見事な丸だったので、これは偶然だろうか? それとも誰かがほうきで落ち葉を掃いて丸を描いたのかな、なんて考えていた。

 しかし次の日、少なくとも偶然ではないことが分かった。

 その日は、木の根元に落ち葉で四角が描かれており、そしてまたその次の日は三角が描かれていたのである。

 次第にそれは絵のようになってきた。

 ある日、私がその木のある道を歩いていると、目の前で木がバッと震えて落ち葉がたくさん落ちた。

 そしてその木の根元に、イラストのような木の絵が落ち葉で描かれたのである。

 落ち葉の絵は、木が描いていたのか。

 落ち葉は一瞬で風に吹き飛ばされてしまった。

 もしやこの木は私に絵を見せたくて、いつも私が通りかかる前に落ち葉の絵を描いていたのかもしれない。

 そんなことがあってから私は毎日そこを通る度に落ち葉の絵を見ることにした。

 木が描く落ち葉の絵は日に日に上手くなっていき、ある日、木は落ち葉で都庁の絵を描いた。

 このあたりからは都庁など見えないはずなのだが、どうして形を知っているのだろう。

 不思議に思って木を見上げると、その枝にスズメが一匹、止まっていた。

 ちゅんちゅんと鳴いているその姿はまるで木に何事か語りかけているようだ。

 もしかしてスズメに色々な物の形を聞いているのかもしれない。

 
 やがて季節が秋から冬に変わり、木の葉が全て落ちた。

 私は木を撫でながら「葉っぱがなければ流石に描けないよなぁ。また来年だな」などと語りかけた。

 ある日、東京に大雪が降った。

 私が雪道を苦心しながら歩いていると、あの木が私の目の前でバッと震えた。

 そして枝から落ちる雪で絵を描いた。

 葉っぱがないから雪で絵を描くなんてすごい執念だなと思いながらその絵を見ると、なんとそれは私の似顔絵だった。

 よく特徴を捉えている。

「私を描いてくれたのか」

 私はそう言って木を撫で、雪の似顔絵を写真に納めた。

 雪が降ると不便でならないが、こんな絵が見られるのならまた雪が降ってもいいな、なんて思いながら私は駅に向かった。

 翌日、私がいつもの道を歩いていると、あの木がなくなっていた。

 まるで最初からそこに木なんてなかったかのように、跡形もなくなっている。

 私は近くで掃き掃除をしている高齢の女性に「あそこにあった木はどうしたのでしょうか」と聞いた。

「あぁ、もう古い木だったからね。昨日倒れちゃって、撤去されたんだよ」

 そうだったのか。

 確かに樹齢を重ねている木ではあったのだが……。

 では、昨日のあの雪の似顔絵は、最後の力を振り絞って描いてくれたのか。

「どうしたの、あんた」

 女性に心配されてしまう。

 私は頬を伝う涙をぬぐい、昨日あの木が描いてくれたような笑顔で女性にお礼を言ってからいつもの道を歩き始めた。

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