ある山に一匹の狸がいた。
その狸は通常の狸の何倍も長く生きており、変化の術を身につけていた。
そんな狸にはある願望があった。
「鳥になってみたい」という願望である。
空を自由に飛び回る鳥に憧れていたのである。
狸は変化の術を使い、よく鳥に変身していた。
だが鳥に変身したからといって飛べるようになるわけではない。
狸は狸として、鳥の姿に変わるだけなのである。
さて、そんな狸が鳥の姿をしながら岩の上に立っていた所、ふもとの村に住むおばあさんが狸を見つけた。
おばあさんは転げ落ちるように山を降り、村人にふれまわった。
「不死鳥を見た! じいさんが生き返る!」
山のふもとにある村にはある伝説があったのだ。
山に現れるという不死鳥を見ると、死んだ人間が蘇るという伝説。
その伝説に伝わる不死鳥の姿が、鳥に変身した狸とそっくりだったのだ。
さて面倒なことになってしまった。
おばあさんは「不死鳥を見たんだから、今にじいさんが現れるぞ」と騒ぎ回り、村人に「おばあさん、気を確かに」とたしなめられている。
狸はそんなおばあさんを見て仕方なくおじいさんに変身し、おばあさんの元を尋ねた。
おばあさんは大喜びして、この時に備えてこしらえた飯をおじいさんに食べさせようとした。
狸はそれを見て、うっと動きを止めた。
「どうした、じいさん。あんたの好きだった玉ねぎの味噌汁だぞ」
おばあさんにそう椀を向けられるが、狸は玉ねぎが大の苦手なのである。
玉ねぎを食べた次の日は必ず下痢をしてしまうのだ。
おばあさんは狸の様子を見て大いに悲しんだ。
「わしの味噌汁、嫌いになってしまったんかねぇ」
そう泣かれてはかなわない。
狸は思い切ってぐいと味噌汁を一気飲みし、そのままおばあさんの家を飛び出した。
「じいさぁん」
おばあさんの呼ぶ声を背中に受けながら、狸は山へと帰っていった。
そして狸はその次の日からひどい下痢に悩まされたのである。
さてそんな狸だったが、また性懲りもなく鳥に憧れて変身をした。
岩の上で、いつか飛べるようにならぬものかと妄想する狸は、村の不死鳥伝説の出どころが自分であることに最後まで気が付かなかったのである。
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