引き抜き場

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 会社員として働いている僕に引き抜きの話があった。

 別の会社から「うちに来ないか」と誘われたのである。

 法律に則って、一週間後に引き抜きが行われることになった。

 参ったなぁ……。

 あっという間に引き抜きの当日がやってきた。

 引き抜きが行われる引き抜き場は、なんというかちょっとした工事現場のような場所である。

 砂利の敷き詰められた地面。

 僕はこれからここに埋まるのだ。

 ドロリとしたコンクリートのような素材にズブズブと埋められるのはあまり気持ちのいいものではない。

 しかし法律で決まっているのだから拒否はできないのだ。

 僕は下半身をすっぽり埋められて、上半身だけを地面の上に出しているような格好になった。

 この僕を、相手先の社長が引き抜ければ引き抜きは成功である。

 普通に引き抜くのは当然困難なのだが、引き抜かれる本人がその会社に引き抜かれたいと思っている場合は簡単に引き抜ける。

 僕はどうなのかというと、正直相手先の会社に魅力を感じているのは事実である。

 だが今働いている会社の社長もこの引き抜きを見に来ているし、とりあえず少しでも引き抜かれたくない演技をしないとなぁなんて僕は思っていた。

 そしていよいよ引き抜きが始まった。

 相手方の社長がやってきて「では」と一言言った後、僕の髪の毛を掴んで思い切り引っ張った。

「痛い痛い!」

 僕はあまりの痛みに叫んだが、やめてくれない。

 すると相手方の社長が今度は僕の腕を持って乱暴に引っ張った。

「あいででで!!」

 なんて無茶をする人だ。

 僕はこんな社長のいる会社には絶対に行きたくないと思い、引き抜かれまいと体の埋まっている部分に力を込めて抵抗した。

 結局、僕の頑張りもあって引き抜きは失敗に終わり、相手方の社長は帰っていった。

 僕はまだ地面に埋まりながら、今の会社の社長に引き抜かれた時のことを思い出していた。

 社長は力任せに引き抜こうとはせず、自社でやりたいこと、実現したいことなどをゆっくりと僕に話してくれた。

 そんな社長がやってきて「ちょっと引き抜かれたいと思っていただろ?」と笑いながら僕に手を差し伸べる。

「そんなわけないじゃないですか」と返事をしながらその手を取ると、まるでそこに何もないかのように僕の体はすぽっと地面から抜けた。

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