私は金庫から口紅を取り出した。
この口紅は「死人のルージュ」と呼ばれている。
口紅の存在は警察内部の者だけが知っている。
数年前、警察署に一人の女がやってきた。
その女は殺人事件の被害者の妻だった。
女は自分の夫の遺体に口紅を塗った。
すると遺体がしゃべり始めたのだ。
遺体は犯人の名前を口にしてから、事切れた。
死人に口無しというが、その死人にこの口紅を塗ると話し始めるのだ。
夫の遺体は、その後改めて死亡が確認された。
女は何も言わず、この口紅を警察署に置いていった。
警察は口紅を厳重に保管し、犯人がどうしても捕まらない殺人事件の捜査に、この口紅を使用する。
おかげで、我が署の殺人事件における犯罪検挙率は、飛躍的に向上した。
今日も私は、捜査が難航している殺人事件の解決の為、口紅を取り出した。
口紅を塗る権限を持っているのは、刑事部長である私だけである。
私は遺体安置所で殺人事件の被害者の遺体に口紅を塗った。
しかし遺体は何も言わない。
今まではこんなことはなかった。
理由は分からない。
まさか、自殺だとでもいうのか。
私は口紅を拭き取って、遺体を安置棚に戻した。
これから捜査をどのように進めていけばいいのだろうか。
私がそんなことを考えながらその場を後にしようとした時、安置棚の中からガタガタと人の動き回るような音が聞こえた。
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