赤ペンを担いだ猫

ショートショート作品
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 ある大雨の日だった。

 我が家に赤ペンを担いだ猫がやってきた。

 ピンポーンと音がしたので玄関の扉を開けてみると、黄色い雨合羽を着た猫が立っていたのだ。

 雨合羽の帽子をすっぽりかぶった、茶トラの猫。

「猫の居住環境をチェックしているものですニャ」

「えっえっ」

 そんな風に慌てる私の足元をするりと猫が通り過ぎる。

「ふぅ〜」

と雨合羽の帽子を脱いだ猫に私は「ちょ、ちょっと待ってね」と言って大急ぎでタオルを持ってきた。

 雨に濡れた猫をタオルで拭いてやると、猫はゴロゴロと喉を鳴らした。

「ではさっそく猫ちゃんの状態からチェックさせていただくニャ」

そう言って猫はスタスタとリビングに歩いていく。

 猫はうちのクロを見つけると近寄ってボソボソと何か言った。

 クロはクロでニャムニャムと何か答えている。

 猫は井戸端会議をするそうだが、こんな感じなのだろうか。

 クロの答えを聞いていた猫は「ふむふむ」と言って手帳のような物に赤ペンを走らせた。

「では次に食べ物をチェックさせていただくニャ」

 猫はそう言ってクロの餌入れを覗くと「ふむふむ、このメーカーですかニャ。ははぁ。ゴクリ」などと言いながらまた赤ペンを走らせた。

「あの、よろしければ食事されますか?」

と私が聞くと猫は「いえいえ、仕事中ですかニャ!」と前足を突き出した。

 猫はその後も部屋の中を歩き回った。

「ふむふむ、このハウスはいいですニャ」

「あ、それは段ボールです。ハウスはこっち」

「失礼したニャ」

 そう言って猫が笑う。

 せっかく買ったキャットハウスだったが、クロもハウスが入っていた段ボールの方が好きみたいだし、猫ってみんな段ボールが好きなんだなぁ。

 その後も赤ペンを担いだ猫は家のあちこちをチェックし、手帳になにやら書き込んでいた。

「はい、これで終わりですニャ。結果は後日お知らせしニャすので」

 猫はそう言って玄関に歩いて行った。

 私が干しておいた雨合羽を差し出すと、猫は「かたじけニャい」と言って、器用に黄色い雨合羽を着た。

「あの、こういったチェックはよく行われているんですか?」

「家猫の健康を守る為にボランティアでやらせていただいてますニャ」

「そうなんですね」

「はい。じゃあ、失礼するニャ」

 猫はそう言ってくるりと背を向けた。

 しばらくそこに立っていた猫がカリカリと扉を軽く掻いたので、私は慌てて扉を開けた。

 すると猫はまたするりと扉から出て行って雨の中を帰って行った。

 後日、郵便受けに「猫の居住チェックの結果につきまして」という封書が届いていた。

 私はちょっとドキドキしながら封書を開いた。

 するとそこには赤ペンで「100点」と書かれており、その横には花丸の代わりにあの赤ペンを担いだ猫さんのものと思われる足跡のハンコがついていた。

 ほっとした私が足元を見ると、「もしかしていらっしゃるかな」と思ってあの日から玄関においておいたキャットフードの皿が空になっていた。

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