先輩風邪

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 会社の自席に座っていると「おう山下、おつかれ」と声をかけられて驚いた。

 言葉自体は特におかしな内容ではない。

 だがそれを言ったのが、後輩の鈴木だから驚いたのだ。

「わりぃわりぃ、風邪ひいちまってよ」

 鈴木がそんなことを言いながら弱った顔をする。

 なるほど、どうやら鈴木は最近流行している”先輩風邪”を引いたらしい。

 先輩風邪とは、引くと誰に対しても先輩風の態度になってしまう風邪だ。

 今、大流行しているらしい。

 それから鈴木は課長に「有村課長、おつかれ〜。この書類見てくんねぇかな?」と話しかけていて思わず笑ってしまった。

 まぁ課長も風邪では仕方ないと思っているようだし、大丈夫だろう。

 最近は会社以外でもあらゆる所でそんな光景を目にする。

 本当に流行しているらしい。

 昼休み、社食のテレビでニュースキャスターが「おまえら〜、ニュース読むぞーw」と言っていたのには驚いた。

 テロップに「弊社のアナウンサーが全員風邪を引いてしまいました」と出ていて、大変そうだなと思った。

 だがSNSでは、先輩風邪によるコミュニケーションは意外に好評であるようだった。

 昼過ぎ、取引先からこんなメールが来た。

「よう、山下。発注を頼みたいんだけど。わりぃな、風邪引いたみたいで」

 どうやら先輩風邪はコンピュータウイルスのように電子メールも書き換えてしまうらしい。

 大丈夫ですよ、と返事をした。

 今日は面白い一日だったな。

 だけど自分も風邪を引かないように気をつけないと。

 今日は少し寒いから風呂に入って温まろう。

 家に帰ると、さっそく風呂を沸かした。

 数分後、風呂場の方からこんな音が聞こえてきた。

「ピロリン♪ ピロリン♪ おう、風呂が沸いたぞ」

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