無農薬楽器農園

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 私はこの農園で無農薬による楽器栽培を行っている。

 楽器の素となる種を耕した土に撒き、十分な水と栄養を与えることで楽器が畑の中から生えてくる。

 今はアコースティックギターの収穫時期となっている。

 私が畑で作業をしていると、一人の男が通りかかった。

 ヨレヨレのシャツとズボンを履いた男で、彼はどうやらミュージシャンらしい。

 曲のアイデアが出ないので散歩をしていたところ、この農園を見かけたそうだ。

「ギターを見せていただけますか」

 そんな風に言ってくるので、すでに収穫を終えていたギターを彼に手渡す。

 彼はギターを構えると軽く弦を弾いた。

「いい音ですね」

 収穫物を褒められるのは悪い気分ではない。

「無農薬なことが売りですから。農薬を使うと音が硬くなりますからね」

「なるほど。少し弾いていていいですか」

「えぇ」

 彼は畑の隅にある小さな岩に腰掛けると、ギターを弾き始めた。

「やっぱりいい音です。無農薬はやっぱり違う」

 そう言う彼に、私は思わず「でも、もう畑を辞めるつもりなんです」と漏らしてしまった。

 彼がギターを弾く手を止めてこちらを見つめる。

 もう決めたことだった。

 無農薬による自然栽培を打ち出してこれまでなんとかやってきたが、赤字続きでもうやっていけないのだ。

「そうですか……」

 彼は残念そうな顔をして、またギターを弾き始めた。

 彼はたまに首を傾げながらギターを弾いている。

 おそらく買うつもりはないのだろう。

 まぁそうだろう。失礼なことだが、あの風貌では楽器を買う金も持っていないように思う。

「あれはなんですか?」

 彼が畑の隅を指差して言う。私は答えた。

「あぁ。あれは形が悪くて、売り物にならないギターです」

 収穫してみたものの、形が小さすぎたり歪んでしまっていたりする規格外品を一箇所に集めておいたのだ。

「へぇ……」

 彼が立ち上がり、規格外品を置いてある場所まで歩いた。

 そして一つのギターを取り出す。

 それはネックの部分が曲がり、ボディもおかしな形のとてもギターとして使えないようなものだった。

 彼はその規格外品のギターを構えると、弾いた。

 いい音が鳴る。

 彼が顔を上げて言った。

「これください。いくらですか」

 私は驚きながら答えた。

「いや、それは捨てるものだから……」

「買わせてください。いい仕事にはきちんとした対価を払わないといけませんから」

 彼の熱意に押され、私は彼にそのギターを売ることにした。

 正規の値段では悪いので半額にしようとしたが、彼に見透かされ、結局正規の値段で売ることになった。

 彼はよれよれのお札と硬貨で支払いを済ませ、ギターを持ち帰って行った。

 それから数ヶ月後、彼は鮮烈なデビューを飾り、一躍時の人となった。

 彼が抱えているのはあの規格外品のギターだ。

 彼の奏でる音楽は実に見事なものだった。

 私も残っている規格外品のギターを弾いてみたが、やっぱりあんな音はでない。おかしな音が出るだけだ。

 きっと弾く人間の才能によるのだろうな、と思う。

 彼がギターのことを尋ねられる度に私の農園のことを話してくれるおかげで、客が増えた。

 彼が”いい仕事”と言ってくれた仕事をまだ続けられそうだ。

 私は今日も畑の作物たちに音楽を聴かせる。

 いい音楽が肥料代わりとなり、いい音楽を聴くとよく育つのだ。

 もちろん、聴かせているのはあの彼の曲である。

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