越冬幽霊

ショートショート作品
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「さてと、そろそろ行こうかな」

 それが、私にとって冬の始まり告げる言葉である。

 今聞こえたのはお母さんの声だ。

 お母さんは生前、寒さに弱く、暑さにも弱かった。

 だから夏の間は、私が住んでいる岩手にやってくる。

 そして冬が始まりそうになると、沖縄に住んでいる妹の香子のところへ行くのだ。

「香子によろしくね」

 私がそう言うと、母さんの気配がふわっと消えた。

 香子に電話をする。

「お母さん、もうすぐそっち行くよ」

「分かった」

 電話を切ってから、仏壇に備えておいた紅茶を下げる。

 すると、今度は「来たぞー、恵〜」という声が聞こえた。

 お父さんである。

 お父さんは、寒い時は寒い所、暑い時は暑い所に行きたがる人だった。

 まったく、どうしてあんな正反対な性格で何年も一緒にいられたのか不思議だけれど、夫婦ってそういうものなのかもしれない。

「いらっしゃい。寒かったでしょ」

 私は、今度はコーヒーを淹れて、仏壇にそなえた。

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