最近、受付が増えている。そう思い始めたのはいつからだったか……。
町を歩いていると至るところで「受付はお済みですか?」と声をかけられている人を見かけるのだ。
声を掛ける側は女性が多かったが、男もいた。
そう聞かれて「はい」と答えた人はどこかへと案内されていく。どこかは分からない。”どこか”だ。
一方、「いいえ」と答えた人は何か書類を書いて、それからやはりどこかに案内されていくのだ。
誰一人として「どういう意味ですか?」とは聞かない。
私以外の人間は、それが何か分かっているのだろうか……?
ある日、私は駅のベンチに座って電車を待っていた。
すると例の調子で「受付はお済みですか?」と聞かれている人を見かけた。
その人は「いいえ」と答え、その後何かの書類に署名をしていた。
書類を書き終えるとその人はホームの奥に案内されていった。
私はベンチから立ち上がり、二人の後をつけた。
しかし二人が飲み物の自動販売機の影に消えたなと思ったら、なんとその姿が消えていた。
まるで神隠しのように消えた二人。
”受付”を済ませた人間は一体どこへ行ったのか。
どうも最近、人の数が少なくなっている気がするのだ。
町だけでなく、全体的に。
しかもそのことに気がついているのは、どうも私だけのようなのである。
そんな疑問を抱きつつ日々を過ごしていたら、風邪で体調を崩してしまった。
しつこい風邪で、私はまるまる一週間部屋に閉じこもる羽目になった。
こんな時に看病してくれる家族などがいればいいが、残念ながら私にはそんなものはいない。
ようやく人並みに動けるようになった体で、仕事に行こうと部屋を出た。
しかし外に出てすぐに異変に気づいた。
音がしない。
静かすぎるのだ。
およそ生物の気配のしない道にぽつんと立ちながら、私は途方にくれた。
「おぉおい!」
そんな大声をあげる。
とがめる声はない。答える声もない。
私はカバンを投げ捨てて走り出した。
幹線道路まで出てみるが車は一台もなかった。
遠く、遠くに広がっている濁った海の波音までも聞こえてきそうだ。
「わぁあ!」
私は訳が分からない恐怖に取り憑かれて走った。
誰でもいい。誰か私を見つけてくれ。
ふと気がつくと、目の前にぼんやりとした光の輪があった。
ちょうど人が一人通れるくらいの小さい輪だ。
私は導かれるようにしてその光の輪をくぐった。
すると先ほどと同じ場所に立っていた。
しかしさっきまでいた場所とは明らかに違う。
雰囲気が違うのだ。気配を感じる。そこここから。
「おい、邪魔だろ!」
突然そんな声を背後からかけられて飛び退いた私の脇を自転車が通り過ぎていく。
人間だ。
ということは元の世界なのだろうか。
いや違う。ここは元の世界とは別の場所だ。
私には分かるのだ。
さっきまでいた無音の世界が、私、いや私たちが元いた世界で、私たちはこの世界に移動してきた……。
私は近くにあった小さな商店に入り、そこで店番をしていた若い男に言った。
「おい! ここはどこなんだ!?」
「はぁ?」
「気づかないのか!? ここは元いた場所とは……」
私がそう言って男の肩を掴んだ瞬間、背後で誰かが言った。
「受付がお済みじゃなかったようですね」
気がつくと、私は元の世界に戻っていた。
元の、無音の世界。
それから私はまたその世界を彷徨ったのだが、私の前に受付は現れなかった。
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