私は今、二階の部屋に籠もっている息子のアキラのことを考えていた。
アキラは三年前からほとんど部屋から出てきていない。
アキラのことだけでも心配は尽きないのに、先月、一緒に暮らす義父が倒れた。
幸い命に別状はなかったが趣味の盆栽もできなくなった義父の面倒を私は見ることになった。
義父とは仲が良かったし、私が何かすると義父はいつも「ありがとう。すまないね」とお礼を言ってくれるので精神的にはそこまで大変ではなかった。
しかしアキラのことも同時に考えるとなると、さすがに気が滅入りそうになることがある。
その日も私は一階のダイニングテーブルに座りながら、ぼんやりと体を休めていた。
だからいつの間にか一階に降りてきたアキラが「出かけてくるよ」と声をかけてきたことに気づくのが一瞬遅れた。
「え……?」
私が振り向く前に、アキラは玄関の扉を開けてどこかに出かけてしまった。
アキラが自分からどこかに出かけて行くなんて、何年ぶりだろう。
私は一人、ダイニングで立ち尽くしていた。
程なくして、アキラは帰ってきた。
「どこに行ってたの?」
私が聞くとアキラは「……島」とだけ答えた。
我が家で”島”と言えば、うちから見える小さな島だった。
海際からすぐの場所にあるその島は、島というよりはただの岩場に近いもので、夫の家の持ち物であるその島にアキラは小さい頃、よく遊びに行った。
島には色々な植物が生えていて、探検好きなアキラの格好の遊び場だったのだ。
今は殆ど手入れもしていないので無法地帯のように荒れているその島に、アキラは何をしに行ったのか。
理由は分からないが、外に出てみようと思うことはいいことだ。
二階の部屋から外を眺めているうちに、見えた島に久しぶりに行きたくなったのかもしれない。
アキラはそれから毎日のように島に出かけて行った。
私は最初、アキラの自主的な外出を喜んでいたが、こうも毎日毎日出かけていくとちょっと不安にもなる。
何かおかしなことをしていなければいいが。
しかし、そんな私とは対称的に、倒れてからふさぎ込みがちだった義父の機嫌が良くなっていく。
なぜだろう?
私はその理由が分からぬまま、日々を過ごした。
そんなある日、庭で干していた洗濯物を取り込んで家の中に戻った私は、義父の部屋からアキラの声がするのを聞いてしまった。
アキラは義父にこんな風に話しかけていた。
「じいちゃん。俺、庭師になるよ」
「あぁ。おまえならできるよ」
私はそれを聞いてはっとした。
洗濯物を置いて、二階に上がる。
アキラの部屋のドアをあけた。
前までは空気が籠もっていたその部屋の窓が、今は開け放たれている。
海風の吹き込むその窓から、あの島の姿が見えた。
何年も手入れのなされていなかったその島は今、無秩序に生えていた植物が見事に切りそろえられ、まるで美しい盆栽のような姿で海に浮かんでた。
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