休職していた上司が亡くなった。
入社してからずっと僕によくしてくれていた上司だった。
上司とは二人でよく飲みに行った。
上司の行きつけなのだというそのバーは、上司が病気で休職してからは僕の行きつけになった。
上司はこのバーでよく僕に色々な話をしてくれた。
上司はいつもオリジナルのカクテルを頼み、酔いが回ってくると饒舌になって、仕事のことや色々なことを話してくれた。
上司の話は面白かった。
普段はあまりしゃべらない上司だったので、僕はこのバーに来るのが楽しみだった。
葬儀の後、僕は上司との思い出のバーに行った。
マスターも上司の訃報は聞いているようだった。
僕はマスターに言った。
「あれ、飲んでみたいです」
上司がいつも飲んでいた、オリジナルのカクテル。
マスターは困ったように笑いながら言った。
「あれなぁ。あれは、あの人にしか出さないってことになってるんだよ」
「そこをなんとか。あのカクテルを飲んでみたいんです」
「う〜ん、まぁ、多分今ならいいって言うと思うし、じゃあ作ってあげるよ」
マスターはそう言ってカクテルを作ってくれた。
いつも上司が美味しそうに飲んでいたカクテルだ。
僕はグラスを持ってカクテルを一口飲んだ。
「! これは……」
マスターがふふ、と笑いながら言う。
「そういう人だったんだよ。不器用というか、引っ込み思案というか……」
僕はまた上司の顔を思い出した。
これからまだ、色々なことを教えて欲しかったのに。
でも、このカクテルがそれら全てを教えてくれているようにも思う。
僕はここで上司が話してくれたことを一つ一つ思い出しながら、酒の味がしないカクテルの入ったグラスを一人傾けた。
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